1 使者は訪う

La Dolce Vita

【1 使者は訪う】 





今夜の招待のことをグレイに伝えるため、フェルトは枢機院とリーゼヴェルトの使者たちの間での話しがすむまで待つ。それに対してヴィーゼはイリスを家に待たせているということもあり、グレイを家に招く準備をするために工房に帰ることにした。

枢機院の出口まで送りながらフェルトは、横に並んで歩く幼馴染の少女を見る。

「…ピクニック、途中までになっちゃったな」

「仕方ないよ。今回のことは突然だったんだもん」

不意に呟やかれた言葉に笑顔を浮かべてヴィーゼは答えたが、彼女が自分を気遣って『ピクニック』を提案したことに気づいているフェルトは、自分のせいではないものの、途中になってしまったそれが少々後ろめたい。

最近は、枢機院や他の知り合いから頼まれた仕事のせいで、ヴィーゼとの約束を破ってしまうことが重なっていたためフェルトは今回こそ守ろうと思っていた。
それなのに、結局果たせなかったのだ。

(でもヴィーゼ…怒らないんだよな…)

もしかしたら、気づかないだけで怒っているのかもしれない。
そう思うときもあるのだが、彼女の様子を見る限りそんな気配はない。

小さな頃は、ほっぺたを膨らませて怒ったり、すねたり。
そのたびにフェルトは何とか機嫌を直してもらおうと必死になっていたのだが。


「でも」

そんなことを考えているフェルトを見上げていたヴィーゼはそう言って、視線を不意に幼馴染の顔からそらした。

「あたしはグレイさんたちの用事を知らないけど。もしかしたら、またフェルト忙しくなっちゃうかもしれないね」

あの出来事から後、ほとんどエデンを出ることのないヴィーゼと異なり、フェルトはベルクハイデでの経験をかわれて何度もエデンの外へ行っている。

二つの世界が一つになってまだ日が浅いため、ヴィーゼたち以外のエデンの住人には、ベルクハイデはまだ未知の土地という印象が強い。
そのため、かの地を知る唯一ともいえるフェルトに、多くの仕事が舞い込んでくるのだ。


人の役に立つのだから、とてもよいことのはずなのに。

そう思いながらも、エデンの外へと向かうフェルトの姿を見送るたびに、ヴィーゼはほんの少し、寂しさを感じる。
けれども、外に向かうフェルトを心配させたくなくて、ヴィーゼはそんなふうに思っていることを気づかれないようにしていた。

つとめて何気ない口調で明るく告げたヴィーゼにフェルトも素直に答える。

「そうかもしれない。だけど、すぐにってわけじゃないといいな。もうちょっとのんびりしたいし」

「たとえば?」

「朝寝坊」

ヴィーゼの問いかけに一言で答えたフェルトの言葉にヴィーゼがくすくすと笑う。

「それはいつもだよー」

「なら、好きなものを腹いっぱい食べる」

「それなら、考えてあげてもいいよ?」

ちらっと横目でヴィーゼの表情をうかがって見せたフェルトに、ヴィーゼも気づいて上目遣いに見上げてみせる。

しばらくお互いの顔をじっと見つめあった後、どちらからともなく笑い声がこぼれた。

「俺の好きなもの、全部な?」

「えー、多すぎるよ」

「ヴィーゼがいいって言ったんだぞ」

「もう、フェルトは食いしんぼうなんだから」

二人きりの、たわいない言葉遊びのような会話は実は久しぶりで、くすぐったいような居心地の良さを感じながらフェルトとヴィーゼは枢機院の廊下を歩いてゆく。


「じゃあ、さっそく今日の夕飯、楽しみにしてるからな」

枢機院の出口にたどり着き、ノイアールに向かう道を歩き出した幼馴染に向かってフェルトが声をかけると、ヴィーゼも了承するように大きく頷いた








そしてその翌日。

早々にエデンを発つというリーゼヴェルトの使者と、ベルクハイデ門まで彼らについていくというフェルトたちを枢機院から見送ったクロイツは、視界の中でその姿が小さくなると、くるりときびすを返し建物の中へと向かった。

院長室に戻る途中、職務の上で深いつながりを持つ…ベルクハイデとエデンが一つの世界になった頃からはさらにである…同僚の姿を見つけて声をかける。

彼女の方もクロイツを探していたらしく、思案顔でその傍に近づく。
その表情の理由を察しているクロイツは彼女が何かを言う前に切り出した。

「…他の二人にも連絡してください。『あのこと』について、もう少し検討してみましょう」

「ええ。わかりました」

「のちほど、『泉』のジフトスを呼んでいただくかもしれません。お願いできますか?」

毒のマナと親しい同僚にそう頼み、彼女が頷いたことを確認する。

「それから…お尋ねしたいのですが」

そして、なぜか立ち止まったまま彼を見る彼女にクロイツが首をかしげると、彼女はややためらうように口を開いた。

「院長、フェルトたちにはこのことを?」

ベルクハイデの、特にリーゼヴェルトについては以前からフェルトの報告書によってその概要がもたらされていた。

かの国とかかわりの深い二人に、知らせた方がいいのか、それとも黙っておいた方がよいのか。

たずねられたクロイツは、緩やかに首を横に振った。

「今は、まだいいでしょう。方針が定まれば、二人だけでなくエデンの人々すべてが知るようになります」




――― 突然の使者からもたらされた一通の封書の内容を、フェルトとヴィーゼが知るのは、これよりしばらく先のことになる。









                                                 <終>       



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