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フェルトが向かったベルクハイデ門には、意外な人物の姿があった。
かつてフェルトがくぐり『異世界』へと向かったベルクハイデ門。その門を前に、リーゼヴェルトの衣装を身につけた2人の男性とシルムシルトの団員と思しき青年、そしてグレイ。
リーゼヴェルトの衣装を身につけた、まだ若い男性の一人がグレイに羽交い絞めにされ、仲間なのだろう同じような服装の壮年の男性になだめられている。
その4人の傍には、涙目のニンフと、ニンフをかばうように手を広げたドゥルがいたのだが、走ってやってきたフェルトに気づくと、彼らは大きな声でその名前を呼んだ。
「フェルト!」
その声にグレイが顔を上げ、視線の先に知り合いの姿を見つけて同様に名を呼ぶ。
「グレイ?!何で…」
予想外の場所で再会したことに戸惑うフェルトに、案内をしたドゥルがその袖を引っ張った。
「フェルト!あの人がボクたちをいじめたの!」
グレイが羽交い絞めにしている男を指差してドゥルが言う。
フェルトが視線を向けると、グレイが説明を始めた。
「すまん、フェルト。こいつはリーゼの外交官のひとりなんだが…あまり柔軟性がなくてな」
「ボクたちのこと魔物だって言うんだ!」
「エデンに魔物はいないと言っておいたんだが、ワシの言い方が足りなかったのかもしれん」
グレイとドゥルの言葉を交互に聞いて、羽交い絞めにされた男の方を見たフェルトは、その傍にいるニンフとドゥルに近づいて声をかけた。
「ドゥル、ニンフ。怪我は?」
「ないですぅ。でも、すごく怖かった…」
「挨拶しようとしたら、いきなり殴りかかってくるんだもの」
「そうか…」
目を潤ませて顔を見上げたニンフと、それまで不安げな表情を見せていなかったドゥルの急に弱々しくなった言葉にそう言うと、フェルトはグレイの傍にいる男性に向き直った。
突然現れたフェルトを見ていた彼らに向かって告げる。
「かれらは、世界を形作る13のマナと呼ばれる存在です。俺たちとずっと一緒に暮らしてきた仲間で、友人で、家族でもある。あなた方の言う魔物などではありません。今すぐにかれらに向かって言った言葉を撤回して、謝罪してください」
はっきりとした口調で言い切ったフェルトに、ようやくグレイの羽交い絞めから開放されたその男性は無言だった。
しかし、フェルトを含め周囲のものから向けられる視線に分が悪いと悟ったのか、視線を逸らしたまま搾り出すようにして言葉を口にした。
「…撤回する。………申し訳、なかった」
言うとそのままフェルトたちの傍を離れ、この状況を一人眺めていた残りの青年の傍まで下がる。ちらっとグレイに向かって視線を投げかけると、シルムシルトの彼は苦笑した。
あまり気持ちのいいものではなかったが、一応当人から謝罪があったということに、ニンフとドゥルは顔を見合わせる。その傍にグレイと、もう一人の壮年の男性が近寄り、改めて彼らに謝罪した。
その頃になってようやくニンフの不安げな表情が消え、いつもの愛らしい笑顔が浮かぶようになる。
「じゃあ、フェルト。ありがとう」
「ありがとうございますぅ」
そうして、しばらくしてフェルトに礼を言うと、二人のマナは姿を消す。
ふっと息を吐いてそれまでの緊張を解き、フェルトはグレイを振り返った。
「ところでグレイ、一体何があったんだ?さっきリーゼヴェルトのって言ってたけど…」
グレイだけならば戸惑いもなかったのだが、同行しているシルムシルト団員と思しき青年とは明らかに様子の異なる二人の男性…彼らは枢機院に勤める知り合いと似通った空気を持っている。
「ああ。そうだな。突然押しかけてすまん。…実は、フェルトのところの枢機院長と話がしたくてな」
「枢機院長と?」
グレイが口に出した思わぬ言葉にフェルトは尋ねる。グレイとクロイツ枢機院長はお互いに面識がある。しかし2人がそれほど親しくしている様子をフェルトは見たことがなかった。グレイがフェルトの言葉に頷く。
「そうだ。…悪いがフェルト、そこまで案内してもらえないか?このままだとどうも何時までたってもたどり着けそうにない上に、いらぬいざこざまで起こしてしまいそうでな」
先ほどまでの騒ぎをほのめかせながら、グレイは背後を示す。
「いいけど…その前にオレが一度話をしてくるよ。このままじゃ、枢機院の中まで通してもらえないかもしれないから。それで途中まで案内はドゥルに…あれ?ドゥル?」
「さっきフェルトといた小さな子なら、その前にいた二人が姿を消してからすぐに、同じように消えてしまったぞ」
先ほどまで姿を見せていた緑の服のマナを探すフェルトにグレイが告げる。その言葉にフェルトは、はあっと大きくため息をついた。
「あいつ…」
頼みごとだけ頼んでおきながら礼の一つもなく、ドゥルは姿を消してしまったようだ。
(ヴィーゼが相手のときは、しつこいくらい礼を言ってベタベタするのに)
別に礼を言って欲しいというわけではないが、露骨過ぎるドゥルの『区別』にぶつぶつと口の中でフェルトが文句を言う。
その傍でグレイがフェルトの向こうからやってくる知り合いの姿を見つけて声をあげた。
「ヴィーゼではないか」
「え、ヴィーゼ?」
その声にフェルトが背後を振り返ると、森の小道の間からやってくる二人の少女の姿を見つけた。ヴィーゼのほうもフェルトたちに気づいて、驚いている様子が二人に伝わってくる。
「ヴィーゼどうして…」
「あたしもイリスも、フェルトが心配だったから」
知らず知らずのうちに責めるようになったフェルトの言葉に、ヴィーゼは追いかけてきた理由をそう話す。
ヴィーゼのスカートに隠れたイリスも、フェルトの方をじっと見つめている。
その二人の後ろに、先ほど姿を消したというドゥルもいた。
おそらく、ヴィーゼたちがこちらに向かっているのを感じて、案内のために向かっていたのだろう。
そして続けようとしたフェルトの言葉も、二人の視線を向けられて口の中で消えてしまう。
結局今回のことは大事には至らなかったのだからと思うと、フェルトは、こうしてきてくれた二人の行動をなんとなく嬉しく感じてしまっていた。
「じゃあ、フェルトが先に行って、あたしたちが後を追いかければいいのね?」
「ああ。急がなくてもいいよ。ゆっくりでいいから」
「わかった」
頷いたヴィーゼに『頼むな』と言い置いてフェルトが枢機院にむかって駆け出す。
その姿が林の木々の向こうに消えた後、ヴィーゼは背後のグレイたちを振り返った。
半年ほど前まで、一緒に旅をしたグレイを除き、後の3人はヴィーゼにとって初対面だ。
「はじめまして、私はヴィーゼといいます。これから皆さんを枢機院までご案内させていただきます」
ぺこりとお辞儀をしたヴィーゼに、グレイがくすぐったそうに身を震わせる。
「そこまで気を使った口調でなくてもかまわんよ。いつもどおりでいい」
「はい。でも初めて会った人には礼儀正しくするようにって、小さい頃からクロイツ院長に言われていたので…」
ヴィーゼが小さな声で告げると、グレイは目を細めた。
「まあ、初対面の人間は多いな。だがワシには無用だぞ」
「もちろん、わかってます」
にこりと微笑むと、ヴィーゼは4人に向かって声をかける。
そして、フェルトが向かった道を辿るように歩き出した。
先頭にヴィーゼとイリス、その後ろにグレイが続き、シルムシルトの団員をしんがりにその間に二人の男性が入る。
歩きながら、ヴィーゼの赤いスカートにぴったりと張り付くように歩く小さな少女の後姿を、グレイは何の気なしに見つめていた。
時折、足元の草や木の根に足をとられそうになる姿に反射的に手を伸ばそうとして、そのたびに、ヴィーゼが気遣うように少女の背に手を添える様を見て止まる。
足元をしっかり見て歩けばひっかかったりしないように見えたのだが、しばらくして少女が自分の顔をヴィーゼのスカートにくっつけるようにして歩いていることに気づいた。
「イリス」
木の根に足を取られかけて数度目。
大きくバランスを崩したイリスに、ヴィーゼがその体を支えきれなくなってよろめく。
何とかふたりとも転ぶことは免れたが、このままではそう遠くなく、目の前の少女ふたりが転んでしまうことはグレイでなくとも簡単に予想がついた。
「ヴィーゼに頼るのはいいが、自分の足元ぐらいは見て歩いたほうがいいぞ、イリス」
思わずそう言ってしまったグレイに、ヴィーゼの服を掴んでいたイリスの体がびくっと震えた。ヴィーゼがイリスの代わりに言葉をつぐ。
「すみません、グレイさん」
「謝るようなことではないが」
叱ったわけでもない。単なる忠告だ。
それに今の声におびえたイリスの様子を見ると、逆に謝らなくてはならないのはグレイの方に思えてくる。
再び歩き出したイリスは、グレイの忠告を聞いたのか今度は顔を上げて歩いていた。
けれどもその手はヴィーゼのスカートをきつく掴んだままで、時折おびえたように背後のグレイを振り返る。
そして、視線があうと急いで視線を逸らしてヴィーゼのスカートに頬を押し付け、またちらっと振り返った。
(…これは、嫌われてしまったか)
それはすこしばかり悲しいとグレイは思う。
イリスは人見知りが激しいと、ヴィーゼから聞いてはいた。
おそらく、そのせいで先ほどのような行動を取っていたのだろうが…。
(やはり、顔が怖かったのだろうか)
リーゼヴェルトに滞在している間も、グレイに対する子供たちの反応は両極端だった。
物怖じせず、飛びついたり抱きついたりする者もいれば、顔が怖いといって泣き出す者もいた。
何度か遊んでいるうちにたいがいは仲良くなることの方が多いのだが。
物は試しに、イリスが振り返ったとき、グレイは「にぱっ」と笑ってみた。
それまでの表情とは違う、大きく目を見開いて驚いた表情を一瞬浮かべイリスはさっと目を逸らす。
「い、イリスどうしたの?」
ぎゅっと抱きついてきたイリスに、ヴィーゼが声をかけている。
その声を聞きながら、グレイは軽い自己嫌悪に陥っていた。
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