1 使者は訪う

La Dolce Vita

【1 使者は訪う】 

 



ベルクハイデ門から北に、紅蓮の祠に向かう道を少し山際にそれたところに森がある。
いつもはマルメルの森に行くことの多い3人だが、今日はほんの少し遠出をして、その森の奥に流れる川の傍にやってきていた。

「わぁ…」

川の向こうには草原が広がり、日差しを浴びてきらきらと川面が輝いている。
森を抜けて急に目の前に広がった光景に、イリスは頬を紅潮させ、ヴィーゼたちのほうを振り返った。
ヴィーゼが頷くのを見て、ぱぁっと顔を輝かせると、川に向かって走り出す。

「あっ、でも気をつけないとだめよ!イリス」

「はいっ!」

心配そうな顔でイリスを見送るヴィーゼに、とんっとフェルトはその背を押した。
振り返るヴィーゼの手から、持っていた荷物を引き取ると川のほうへと視線を促す。

「ヴィーゼも行けよ。荷物は置いておくからさ」

「ゴメン。じゃあ、お願いね」

「ああ。俺もすぐに行くから」

申し訳なさそうな顔で言ったヴィーゼを見送ると、フェルトは手ごろな木陰を捜し始める。
森からせり出すように川岸に向かって生えている何本かの木を見つけると、その根元に荷物を置いた。

「ふぅ」

 そのまま、ぐっと背中を反らして伸びをする。高くなってきた太陽の日差しを顔に受けて、目を閉じたフェルトが顔を正面に戻すと、川縁にいるニンフとイリスの元にヴィーゼが走り寄る姿が見えた。
次いで上がった彼女たちの歓声に、フェルトは笑みを浮かべる。

 真紅のアゾット…パラケルススとの戦いの後、フェルトたちが以前のような生活に戻ったかといえばそうではなく、特にフェルトはたびたび枢機院や友人たちから頼みごとをされて昨日までのように家を離れる機会が多くなっていた。
 今回ヴィーゼが「行こう」と誘ってくれたピクニックも久しぶりで、こうして二人の姿を見ていると、フェルトはようやく『家』に戻ってきたのだなと実感できるのである。

「さて、行くか」

 彼の方を振り返って手を振るイリスに、フェルトは手を振り返すと二人の傍に向かうためゆっくりと走り出した。



綺麗な清流や、水のある場所には、水のマナたちも多い。
ヴィーゼが木のマナや水のマナに好かれやすいということもあり、川面にはニンフたちも姿を見せて、ひらひらと彼女たちに手を振っていた。

「イリスちゃ〜ん、ヴィーゼさぁ〜ん」

「こっちが気持ちいいですよぅ〜」

きゃわきゃわと水の雫を弾いてはしゃぎながら、二人を呼ぶニンフの傍に、先に走り出していたイリスが両手を前に出して到着する。
ニンフはぱっと両手を広げて、イリスの手に自分の手を合わせた。

「イリスちゃん一番〜!」

可愛らしい声の宣言にイリスが嬉しそうに顔をほころばせる。
次いで到着したヴィーゼも、差し出されたニンフの小さな手に促されて、手のひらを重ねた。

「ヴィーゼさん二番〜」

「にば〜ん」

ニンフのまねをして、両手を差し出したイリスにもヴィーゼは先ほどと同様に手を合わせた。にこにこと笑いあう二人の傍で、ニンフは残る一人を指差して高らかに宣言する。

「フェルトさんはビリ〜」

「…」

思わず苦笑いを浮かべたヴィーゼの後方で、走ってこちらに向かってきていたフェルトがきょとんとした表情を浮かべていた。

 



 

 比較的浅い川でもあることだし、と、フェルトとイリスは早速靴を脱いで川に入る。
水の流れに足を取られそうになるのをフェルトに助けてもらいながら、イリスは岸を振り返った。まだ川縁にいて、こちらに来ないヴィーゼを呼ぶ。

「お姉ちゃん」

「ヴィーゼも来いよ。冷たくて気持ちいいからさ」

隣にいるフェルトも、同じように声をかける。

「ちょっとまってよ。このままじゃ服が濡れちゃうもの」

「下のキュロットを脱いで、上着をイリスみたいに結べば大丈夫じゃないか?」

「…それはぁ…っ!」

膝より少し上にたくし上げて結んだイリスのスカートを指差し、フェルトは気楽に言ったが、ヴィーゼはその言葉に頬を赤らめた。

「俺たち以外に、誰もいないんだから。平気だろ?」

先ほどまで一緒にいたはずのニンフも、なぜか「ラブラブですぅ」「親子水入らずのお邪魔をするのは悪いですから」等々言いつつ姿を消していた。確かに今は3人の姿しか見えない。

「……ふぇるとがいるじゃない……」

「なに?ヴィーゼ」

蚊の鳴くような小さな声の反論は、フェルトには聞こえなかったらしい。


結局イリスの視線に負けて、ヴィーゼはスカートの下のキュロットパンツを脱ぐとスカート後ろのスリットを隠すように結んだ。
そろそろと川の中に入り、二人の傍に近づく。

「後ろは見ちゃダメ」

「わかったよ」

真っ赤な顔でヴィーゼにそう言われると、フェルトは聞かざるを得ない。
しかしそれ以外にも、めったに見られないヴィーゼの素足に妙に視線が吸い寄せられて、フェルトはたびたび視線を意図的に逸らしていた。
イリスはそんな『変な』二人を不思議そうに眺めている。


 


しばらくすると、先に川から上がってキュロットを履き終えていたヴィーゼが、高くなった太陽を仰いで二人に声をかけた。

「フェルトー、イリスー。そろそろご飯にしないー?」

川の中央辺りまで行って遊んでいた二人は、ヴィーゼのその言葉に大きな声で答える。

「わかった!」

「はーい!」

ばしゃばしゃと、仲良く手をつないでこちらに向かってくる二人を確認したヴィーゼは、タオルを取りに行くために荷物を置いた場所に急いだ。

「あれ、お姉ちゃん?」

「どこ行ってるんだ?おーい、ヴィーゼー!」

「…聞こえてないみたい」

「…そうだな。何か取りに行ったみたいだし、すぐに戻ってくるよ」

川縁にたどり着いたフェルトは傍の大きな石にイリスを座らせると、草むらに放り出していた自分の靴と、イリスの靴を取って戻る。その頃にはヴィーゼも川縁に戻り、イリスの傍でタオルで足を拭く少女を手伝っていた。

「ヴィーゼ、靴」

「ありがとう。フェルトも拭いたら?濡れたままじゃ靴を履けないから」

「いいよ。もう大体乾いてるし、歩いてたら完全に乾くだろ」

ズボンを膝上まで巻き上げた素足を見下ろしてフェルトは応える。

「大雑把にもほどがあるよフェルト。怪我したらどうするの」

「平気だって。先に行ってるよ」

「もう」

すたすたと歩き出したフェルトを見送って、ヴィーゼは呆れ混じりにため息をつく。
心配そうに顔を見上げたイリスに、ヴィーゼは笑顔を作ってしゃがんでいた体勢から立ち上がった。

「じゃあ、あたしたちも行こうか」

「うん」




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