1 使者は訪う

La Dolce Vita

【1 使者は訪う】 

 



 ミッドガルド湖に浮かぶ島、エデン。
この島が現れてから、すでに半年が経とうとしていた。

 


初夏を迎えようとするこの時期は昼前であっても陽は暖かく、木の葉からもれ落ちる光の欠片は、妙に人を眠りに誘うことがある。
小柄な少女が見上げた目からはそんなきらきらした木の葉と、大きな口を開けてあくびをした少年の顔がちょうど一直線に見えた。

「どうした?イリス」

じっと顔を見つめるイリスの視線に気づいて、フェルトは声をかけた。

「…おっきな口」

「あ…ごめん」

荷物を持っていない方の手で、フェルトは口を覆う。しかしイリスはふるふると首を横に振ると、心配そうに顔を覗き込んだ。

「ううん。お兄ちゃん、まだ疲れてる?」

この数日、フェルトは家であるヴィーゼの工房を離れていた。友人のヤッケという少年がベルクハイデに商品を買い付けに行くというので、その護衛を引き受けていたのだ。
帰ってきたのが昨日の夜。「ただいま」と言ったフェルトの声が疲れていたことに気づいたヴィーゼが、ぱたぱたと忙しく部屋の中を歩き、リフュールハーブなどを用意したことをイリスは知っていた。
そんなイリスの頭を少し撫でてフェルトは笑う。

「そんなことないよ。まあでも、ヴィーゼがあんな早くに起こさなきゃもう少し眠れてたのになぁ…」

付け足したフェルトのボヤキを聞きとがめて、イリスと手をつなぎ、横を歩いていたヴィーゼが呆れたようにフェルトの方を向く。

「またそんなこと言ってる。そんなに早く起こしたわけじゃないよ。イリスだってもう起きてて、フェルトを起こすの手伝ってくれたんだよ」

「え!?」

まったく記憶にないことを持ち出されて、フェルトは慌てる。そんな様子を見て、イリスは今朝のことを思い出しくすっと笑った。

「お兄ちゃん、イリスのことお姉ちゃんと間違えてたけど…」

「『掃除当番代わるからあとすこし〜』って、ね〜」

イリスの手を取ったまま、首をかしげながら、ヴィーゼはくすくすと笑う。

「ね〜」

イリスもそれをまねて、ヴィーゼの顔を覗き込むしぐさで笑う。

「…。ったく、二人して言ってろよ」

家族であり幼馴染でもあるヴィーゼへの甘えを『妹』のイリスに知られた気がして、気恥ずかしさをごまかすようにフェルトは手を頭の後ろにやる…ガシャンと大きな音を立てて、その手に持っていたバスケットが揺れた。

「あー、フェルト駄目だよ!壊れちゃう!」

「ぅわっ!悪い!」

いつものピクニックの準備とは違って、今回は食器も持ってきている。前と同じ気分でバスケットを持っていたフェルトはあわてて腕を下ろした。
その傍に、イリスを連れたヴィーゼが近づいてくる。

「壊れちゃった?」

「…中を確認すればわかるよ」

「うぅ、割れてませんように」

「…」

大げさに手を組んで目を閉じたヴィーゼに、心配そうにバスケットを見つめるイリス。草道の真ん中に3人でしゃがみこんで、フェルトは恐る恐るその蓋を開けた。

「……どう?フェルト?」

目を閉じたまま、ヴィーゼがたずねる。

「ぎりぎりセーフってとこかな。割れてない」

「お皿大丈夫」

「…よかったぁ」

ほぉっとおおきく息を吐いてヴィーゼが目を開ける。
その途端ぱちっと目のあったフェルトに、ぷくっとほっぺたを膨らませた。

「もう、ちゃんと気をつけて持ってねって言ったのに」

「悪かったって。食器が入ってるって忘れてたんだよ。…でも割れなかったんだからいいだろ?」

「そういう問題じゃないでしょ〜」

「だって、何で食器も入ってるんだ?いつもは持ってきてないだろうに」

フェルトがバスケットを渡されたときから考えていた疑問をヴィーゼにぶつけると、彼女は一瞬きょとんとした顔をして、そして急に笑顔になった。

「?」

その理由がわからず、フェルトは目を丸くする。

「秘密だよ。ご飯のときに教えてあげる」

「秘密?」

見ればイリスも同じように満面の笑顔になっている。

「イリスは知ってるのか?」

「うん!」

こくんっと勢いよく頷く様子に、ヴィーゼとイリス、二人の間で約束が交わされているようだ。

「ずるいぞ。俺だけ仲間外れにするなんて」

「それはフェルトが悪いんだもんね〜」

「ね〜」

「!?」

「…胸に手を当てて、よーく考えてみるんだね。フェルト」

そう言って再びくすくすと笑いながら、ヴィーゼたちは先に歩き出してしまった。残されたフェルトはバスケットを前に考え込んでいたものの、しばらくして胸に手を置いたまま呟いた。

「…わからないんだけど」







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