0 この地より始まる

La Dolce Vita

【0 この地より始まる】 

 

きらきらと、光の欠片が、あたり一面に舞い降りてくる。

 


母なる、リリスの力の欠片。
 



絶大な力も、今は、その気配はなく

 


ただ、暖かく、優しい。


 

 

 


「終った、のか…」

呟くフェルトの手に舞い落ちた一つの欠片が、大気に溶け込むように形を崩し、その姿を消す。
それを、区切りとしたように徐々に辺りから光は溶け消え去り、また、その場所に静寂が戻った。


「ケイオス…」

フェルトは、目の前に膝をついて顔を俯けたままの青年に声をかける。
水晶の砕け散った、アゾット剣の柄を掴むその手に、それまでとは違う力が込められていることに気づいたフェルトは、続く言葉を探そうとする。

しかしその前に、何かが砕ける硬質な音があたりに響いた。
最初は緩やかに、そして徐々にその音は早く大きくなる。
その音の源が何であるかわかった瞬間、フェルトの背後にいたヴィーゼが悲鳴をあげた。

「イリス!!」

真紅のアゾット…パラケルススの力によって作られていたイリスを閉じ込めた球体の檻がその力の源を失い、急速にその形を崩そうとしていた。

「イリス――――!!」

すでに大きく亀裂の入っていた檻は、その瞬間、大きな音を立てて砕けた。いまだ気を失ったままの幼いイリスの体が宙に放り出される。

「くっ!」

フェルトがイリスを目指して走り出したが、それを追い抜くようにして、一つの影がフェルトの前を通り過ぎる。
それはフェルトよりも早くその場所にたどり着くと、広間の床に叩きつけられそうになったイリスの体を腕とその胸で抱きとめた。

「…!」

フェルトの背後で、わずかに息を呑む気配がした。
それに気づいているのだろう、イリスを抱いたケイオスはゆっくりとフェルトの方へ向き直る。
パラケルススに操られていた頃とは異なる、しかしそれ以前のものともわずかに違う赤い目がまっすぐに向けられていた。

「…」

無言のまま、フェルトの傍まで歩み寄ると、腕に抱いたイリスを彼に預けた。
何かを問うような眼差しに、その顔を一瞥すると、ケイオスは一度目を閉じる。

「何の力もない小娘に、もう用はない」

「ケイオス…」

フェルトの呼びかけを振り払うように、ケイオスはそのまま出口に向かって歩き出す。

「イリス!」

フェルトとその腕に抱かれたイリスに走りよるヴィーゼとすれ違う間際、一瞬だけ彼女に視線を向けたが、結局立ち止まることもなく、何も持たないまま、回廊に姿を消した。



 

                      




パラケルススとの決着の三日後、ヴィーゼの工房にノインとフィー、グレイとポウが訪れていた。
ヴィーゼの代わりに応対にでたフェルトに、ノインが心配そうにたずねる。

「フェルト、イリスの具合はどう?」

無理やりに力を奪われ、さらに長い間囚われていたイリスは肉体的にも精神的にも衰弱しきっていた。
エリクシールなどを用いれば肉体的な問題は解決できても、精神的なものまでは癒すことは難しい。

「うん…体のほうは、もう随分いいみたいだ。さっきも目を覚ましていたし…良かったら会ってくれないか」

「ああ」

フィーが頷くとフェルトは「少し待ってて」と、2階にいるイリスとヴィーゼのもとに向かう。
その姿を見送って、ほうっとノインは息をついた。

「どうした?ノイン」

「ん…いや。ヴィーゼのことさ。大変だなって思ってさ」

グレイの言葉に答えて、ノインは椅子に座ったまま、膝に頬杖をついた。

連絡のとれなくなった幼馴染のフェルトを追って、異世界であるベルクハイデに一人でやってきた。
けれどやっと見つけたと思ったフェルトは石になっていて、それを解くことができたと思ったら、今度は故郷が虚空から現れて…。

『妹』を攫われ、苦労の末取り戻した今も、その看病にかかりきりになっている。

「夕べも早々に帰っていたからな」

「そうだったな」

まだ具合の悪いイリスもいるということで、大げさにはせず、ささやかな宴が用意されたものの、それすらもヴィーゼはほとんど出席しなかった。
「ごめんなさい」と謝る姿に、こちらのほうが申し訳なくなったぐらいだ。


そう話していた四人の耳にとんとんと階段を下りる音が聞こえる。

「待たせてごめん」

その音の後、すぐに姿を見せたフェルトの後ろにはヴィーゼの姿もあった。

「皆、イリスのお見舞いに来てくれてありがとう」

「ヴィーゼ」

夕べは、ヴィーゼのほうが倒れてしまうのではないかと思うほど顔色が悪かったのだが、今はそれが薄れていた。イリスの具合に加えて、そのことが気になっていた一同はほっと胸を撫で下ろす。

「イリスは?」

「うん。今眠っちゃったから…」

「そっか…」

「でも、よかったら会ってあげて?顔色とか、すごく良くなったんだよ」

我がごとのように喜ぶヴィーゼの姿に、フィーとノインが顔を見合わせる。

「じゃあ…」
「喜んで」

その応えに、ヴィーゼはにっこりと笑う。久しぶりに見るその笑顔に、傍にいたポウがぽっと頬を赤く染めた。反射的に手と声を上げる。

「おいらもっもがっ!」

「ならばワシらは遠慮しておこう。大勢で具合の悪い者を訪れることはよいことでは無いし、幼いとはいえ女性の眠っているところを見るのも礼に反するだろう」

言いかけたポウの口を押さえ、グレイが告げる。

「はい、わかりました」

その答えに頷くと、ヴィーゼはフェルトの方を向く。

「こっちは俺がいるから」

心得ている表情でフェルトが言うと、ヴィーゼは傍にいる二人を促した。

「お願い。…じゃあ、フィー、ノインさん、こっちへどうぞ」





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