3 剣もて守るもの

La Dolce Vita

【3 剣もて守るもの】 

 

夏が盛りを迎える前。
サウスグラード地方を横断し黒の森を経由して、その向こうに広がる山脈の裾野を大きくなぞるように、枢機院の調査員と同行者であるフェルトは旅をしていた。
訪れた先の多くが以前の旅でフェルトが行ったことのない場所であったため、錬金術士であるということは伏せたままである。

「歌い手が来るのはもう少し先だと思っていたよ」

村の一人の笑いを含んだ口調で気づいたことだが、エデンに住むサイレンの忠告を聞いて選んだフェルトたちの仮の職はやはり少々的外れであったらしい。
けれども幸いなことに、日々の疲れを癒す唄や演奏は、季節が何時であっても喜ばれるものだった。


そして、ようやく旅の目的である『調査』を終えて、もう一つの目的であるアルヒェ村に立ち寄った翌日、フェルトたちはエデンに向かって帰路についていた。
しかし、早朝にアルヒェ村を出立して、フェルトたちは夕暮れにはミッドガルド湖に着く予定だったのだが、その途中思わぬところで足止めをされた。

陽のある間には珍しい、ウォルフの群れ。もうその辺りでは出現する魔物はぷにたちだけだと思って、油断していたようだ。

「くっ…っ!」

一頭のウォルフの体当たりを受け止めきれずに、フェルトは刃を流してそれを避けた。
目の前を影がかすめ、その瞬間頬に熱を感じる。

「フェルト!」

名を呼ぶ声を聞いて、フェルトの体が後ろに引かれた。
ばさりと、白い枢機院の法衣が目の端にうつる。
間をおかず、爆発音があたりに響いた。

「ディード」

「剣が使えないからといって…助けられてばかりでは、面目が立たないだろう?」

ディードと呼ばれた5歳年上の青年がそう言って、少年を支えていた手をぽんっと前に押し出した。
後ろに引かれて、仰け反っていたフェルトの体が押し戻される。
しかしそれまで彼らの正面から襲ってきていたウォルフたちは、先ほどのメガフラムによって倒されてしまったようだった。
それを確認して、フェルトはふっと肩の力を抜く。
軽く肩をたたかれてフェルトが見上げると、昔からの知り合いである青年が傍に立っていた。

「助かったよ」

先ほどのことについて礼をいうフェルトに、ディードは首をすくめてみせる。

「あれくらいはなんでもないよ。でもフェルト。あの時ちょっと様子がおかしかったぞ。何かあったのか?」

「いや、具体的にどうというわけじゃあ…。ただ、剣が…」

攻撃を受け止めた一瞬、剣を握るフェルトの手に伝わってきた感触。
一種の勘とでも言えばいいだろうか、剣が『もたない』と思ったのだ。

右手に握ったままになっていた剣を、フェルトは正面にかざした。
そして、陽の光を反射してきらめくその面にうつしだされたものに息を呑んだ。
その隣にいて、フェルトと同様剣を見つめたディードも目を見開く。

「剣が…」

フェルトがエデンの仕事を請け負い、ベルクハイデに向かうようになって約半年の間使い続けた剣。
錬金術によって作り出されたものとはいえ、それまでも相当な負担のかかっていた剣は、中心にむかって大きく亀裂が入っていた。

もともとフェルトの持っていた剣は術用に創られていたものだ。
実戦で用いることよりも、その能力を重視され創り出されたもの。

しかし同じ錬金術によって創り出されたものであっても、フェルトがかつて持っていたアゾット剣と比べれば、その差は歴然としている。

このまま使い続ければ、そう遠くなく真っ二つに折れてしまうだろう。

「これは、下手に使わないほうがいいな」

「そう、だね」

しかし、街道でこのまま二人で剣を眺めていてもどうしようもない。
しばらく剣を見つめていたフェルトは、それを慎重に鞘に戻した。
加えて、持っていた紐でその口を縛る。

「でも、エデンに近づいていた分だけ、よかったかもしれない」

フェルトの言葉にディードは頷いた。
もう少し歩けばミッドガルド湖に船が浮かんでいる様子を見ることができるだろう。
そこまでならば、もし魔物や獣が襲い掛かってきても、手持ちのアイテムで何とかなりそうだった。


 


そして二人は再び街道をエデンに向かって歩きだしたのだが、ふとフェルトの顔をみた青年がそれに気づいた。

「シルヴィを先に行かせたのは正解だったな。アイツがいたら大騒ぎしていたぞ」

「そう?これまでの戦闘ではなんともなかったと思うけど」

連絡のために先にエデンへ向かった、彼と仲のよい空のマナの名前を出されて、フェルトが首をかしげると、藍色の髪の青年はからかうように笑って自らの頬を指で触れてみせた。

「これだよ。アイツはフェルトの顔が大好きだからな。傷一つついたと知ったら騒ぎ出すに決まっている」

フェルトが頬に手を当てると、わずかにピリッとした痛みが走った。
頬から離した指を見ると、確かに赤い血がその先にこびりついている。
その傷が見えないまま、ごしごしと頬を擦って血を拭い取ろうとするフェルトに、傍らのディードは歩きながら少し呆れたような視線を向けた。

「少し歩けば湖に出るのだから、そこで顔を洗えばいい。今擦ったら血が延びて傷がひどく見えるぞ」

「うん」

それでも頬が気になる様子のフェルトに、青年は何かを察したような表情を浮かべる。

「ヴィーゼへの言い訳を考えなくても、たいした傷ではないから洗えば目立たなくなるさ」

「…そんなこと、考えてないよ」

一拍遅れたフェルトの返事に、青年はにやっと笑った。

「なに?」

その表情に、ひっかかるものを感じたのだろう。フェルトがディードを見返す。

「いいや。あのフェルトがねぇ、って思っただけ」

うっと言葉を詰まらせたフェルトに、ディードはまるで独り言のように喋りだす。

タルの事件のときもやせ我慢をしてヴィーゼの前では必死で痛みを堪えていた事とか。
優しげに見えるのに実は喧嘩が強くて、その喧嘩の事実と傷をヴィーゼにバレないように、たまたま居合わせたディードやマナたちに口止めしていたこととか。
よほどヴィーゼに知られるのが嫌だったのか、その時『ヴィーゼに知らせないで』と頼んできた幼いフェルトの顔は喧嘩の最中では考えられないほど情けないものだった。

それは嬉しそうに少年の過去を話す青年にフェルトは恥ずかしさを抑えきれない。

「ディード、悪いけどほんと、カンベンして…」

「なんだ。ヴィーゼに秘密の話はまだ山ほどあるぞ」

彼らが10歳になる頃からの付き合いである。枢機院に勤めるものの中で、青年は比較的年が近いこともありよく話をしていたのだ。

「だからほんとに…」

「ああ、そういえば今回の旅でもう一つ増えたな」

「っ!ディード!」

思わず立ち止まって顔を真っ赤にしたフェルトが、ディードに向かって非難の声を上げる。
しかしその時には、ディードは鼻歌を歌いながらさっさと前に歩き出していた。



 



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