1 使者は訪う

La Dolce Vita

【1 使者は訪う】 



布を敷き、3人が木陰に座り込んだところでヴィーゼがバスケットの中からあるものを取り出した。

「…秘密って、これ?」

「そうだよ」

秘密の答えだといって、フェルトがヴィーゼから渡されたのは何の変哲もない一枚の皿だった。ピクニックの道中、「割れたかもしれない!」と言われて確認したことをフェルトは憶えている。

「…お皿だけど」

「お皿だもん」

「コップもあるよ、お兄ちゃん」

「…?」

両手でコップを持って頬の辺りにかざしてみせたイリスと、手の中の皿を見比べているフェルトに、少しからかいもこめてヴィーゼは言う。

「まだわかんないかなぁ、フェルトが最初に言ったんだよ?」

「…あっ!」

何かに気づいたフェルトに、イリスとヴィーゼはにっこりと笑いあう。

「おそろいなんだ」

まじまじと皿を見たフェルトにイリスが答える。

「おそろいなの♪」

「二日前にやっとお店に届いたんだ。せっかくだから、ちゃんと3人揃ったときに使いたくて」

3人分の食器を敷布の上に広げたヴィーゼは、次いでバスケットから今朝作った料理を取り出した。
ピクニックというには少し豪勢な蒸し鶏とりんごのサラダや、詰め物にゆで卵とにんじんたまねぎを使ったトマトのファルシ、定番となっているサンドイッチなどが並ぶ。

「豪勢だなー」

「3人揃ってのピクニックは久しぶりでしょ?だから、ちょっと張り切っちゃったのよ。量もいつもより大目だし…」

いつもどおりのピクニックのはずなのに、フェルトが一緒というだけで妙に力が入ってしまった気がする。なんとなくそのことを気づかれた気がして、ヴィーゼは言い訳っぽくなってしまった言葉に照れて口ごもる。

「いいよ。ヴィーゼの作った料理ならいくらでも食べられるから」

「ありがと」

その言葉を受けたフェルトの応えにヴィーゼはさらに顔を赤くした。
そんなヴィーゼの様子に気づいていないフェルトは、ぱんっと勢いよく手のひらを合わせる。

「じゃあさっそく、いただきます」

「いただきます」

「はい、召し上がれ」

フェルトと、そのまねをしてぴったりと声を合わせたイリスの姿にくすっと笑みを浮かべると、ヴィーゼは傍に置いていた自分の皿に手を伸ばした。



 


「このお料理ね、イリスもお手伝いしたんだよ」

ひとしきり食べ終わったところで、フェルトがまだ食べていた料理の一品を指差してイリスが言う。フェルトは驚きに目を見開くと、嬉しそうな表情のイリスを褒めた。

「お手伝いをするなんてえらいな」

「ううん。えらくなんかないよ。イリスはお姉ちゃんのお手伝いできると嬉しいの」

3人で暮らすようになった最初の頃イリスは床に臥せっていたからあまり気にならなかったが、イリスがヴィーゼを強く慕っていることがしばらくするとよくわかった。どこに行くにもヴィーゼについていき、彼女を手伝おうとする。
最近は錬金術の授業を受けるために枢機院に通い始めたため、べったりくっつくということはなくなったが、彼女を慕う気持ちは変わらないようだった。

「そうか…イリスはきっと、ヴィーゼみたいに料理が上手くなるんだろうなぁ」

フェルトの「ヴィーゼみたいに」という言葉に、イリスが頬を染める。
大好きな人のようになる、という言葉は、イリスにとってとても嬉しいものだ。

「うんっ!」


「フェルト、イリス」

イリスがフェルトの言葉に大きく頷いた後、川縁に手を洗いにいっていたヴィーゼが戻ってくると二人に声をかけてきた。その傍には彼女を追いかけてきたニンフの姿がある。

「二人とも、デザートがあるよ。食べる?」

「まだあとでいいよ。こっちが食べ足りないから」

「…意地になって食べなくてもいいんだよ?フェルト。イリスは?」

「食べる!」

「じゃあちょっと待ってね」

料理のときとはまた別の、イリスの喜び方にヴィーゼはくすくすと笑いながらバスケットを開ける。丸い器に入ったそれをイリスに手渡した。

「ありがとう」
「どういたしまして」

ふとヴィーゼが振り返ると、夏場は料理が傷みやすいためバスケットに入れておいた保冷用のアイテムを、傍に来ていたニンフが覗き込んでいた。

「欲しいならあげようか?」

「いいの?」

「うん。使い切りだからあと1時間くらいしかもたないけど。それでもいいならあげるよ」

「わぁ、ありがとうございますぅ♪」

透きとおった薄青い玉をヴィーゼから手渡され、ニンフは嬉しそうにそれに頬擦りをする。
イリスはそんなニンフの様子を見て、興味津々、ヴィーゼの顔をじっと見つめた。

「イリスも欲しいの?」

それに気づいたヴィーゼがたずねると、こくんとイリスは頷く。
手を差し出してヴィーゼからビー玉のような大きさのそれを受け取ると、「きゃ」と歓声を上げた。

「冷たいー」

「長く持っていたらしもやけになっちゃうから、少し経ったら放すようにね」

「はぁい」

「ヴィーゼ、それは?」

ようやく料理を食べ終わったフェルトが、ヴィーゼの持つ青色の球体に惹かれてたずねる。

「クーリストっていう、物を冷やすアイテムだよ。クロイツ枢機院長にレシピを教わったんだ」

ヴィーゼの説明を受けて、フェルトは首をかしげた。

「それ、どこかで見たような気がするんだけど…」

フェルトの言葉に、「ああ、それはね…」とヴィーゼは苦笑する。

「見たことあるよ。あたしもフェルトと一緒に見たもの。こんなに小さくなかったけど、クロイツ枢機院長の部屋に、夏になるといつも青い石が置いてあったでしょ?あたしたちは触っちゃダメだって言われていた…」

「ああ、あれ」
「そう、あれ」

「触ったらその後手がぴりぴりして痛かった」

「…やっぱり触ってたんだね、フェルト」

「………」

小さな頃の秘密が一つ暴かれたところで、ヴィーゼは小さく息を吐くと、フェルトの方をむく。

「そのままの大きさだと使いづらいからちょっと変えて、小さくしてみたの。かわりに効果範囲と持続性が弱くなったけど、移動するときには便利でしょ?」

ヴィーゼが布を下に敷き手のひらに載せてみせた玉をフェルトはひょいとつまんで眺める。

「へぇ、結構綺麗だな」

「うん。メローネに見せたら気に入ってくれて、お店におきたいって」

きらきらしたものが大好きな、お隣さんを思い浮かべて、フェルトは納得する。

「でもたくさんは置けないだろうな。店が凍ってしまいそうだ」

「あたしもそう言ったら、お店に置くのは夏限定にするって言ってたよ」

で、自分用のものは店の二階にコレクションしておくらしい。それも自分が作った小さな玉だけではなく、クロイツ枢機院長のオリジナルのものについてもメローネから注文をうけたというヴィーゼの言葉に、フェルトがぷっと小さく吹き出した。

「部屋が寒くなるよって言ったら、入るときには上着を着るって」
「メローネらしい」





そんなふうに、3人でたわいないことを話しながらくつろいでいたときのことだった。

「フェルト!フェルト助けて!」

「ドゥル!?」

突然3人の前に姿を見せ叫んだドゥルに、フェルトが立ち上がる。

「どうしたの、一体!?」

隣にいたヴィーゼも、尋常でなく慌てた様子のドゥルに尋ねる。ドゥルはぱっとフェルトからヴィーゼに視線を移すと、その傍に飛び寄った。

「ヴィーゼ!ベルクハイデ門に変な人たちがいるんだ。ボクらやニンフのこといじめるんだよぅ!」

「ベルクハイデ門に?」

 ベルクハイデとエデン、二つの世界が別々であった頃と同じく、現在でもその場所はエデンと外の世界を結ぶ唯一のものである。
 ベルクハイデ門にある船着場を除き、島の周囲は切り立った崖状になっており、空を飛ぶ手段を持たないものには上陸も、あるいはその逆も不可能だからだ。

「お姉ちゃん」

「イリス…。大丈夫だよ。あたしたちがついてるからね」

「うん…」

真紅のアゾットを持ったケイオスが現れたときのことを思い出したのだろう。イリスが不安げな表情でヴィーゼの服を握っている。

「わかった。ドゥル、そこまで案内してくれ」

くつろいでいた頃とはまったく別の真剣な表情になったフェルトはドゥルに向かって言うと、ウィーゼとイリスを見る。
不安そうな二人の表情に、ほんの少し表情を曇らせた。

「二人ともごめん。じゃあ、いってくる」

「待って、フェルト。あたしも…」

そういって走り出したフェルトに慌ててヴィーゼが声を上げたが、彼はそのままの体勢で叫び返した。

「ヴィーゼはイリスと一緒にいたほうがいいから!イリスのこと、頼むな!」

「フェルト!」





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