ふたり

 

 

ふたり 2

 



ケイオスの体を乗っ取ったパラケルススによってイリスは攫われ、エデンは石化の毒の霧に覆われた。

もはや立ち入ることもできなくなった故郷をあとに、フェルトたちはリーゼ宮に向かい…そして知った賢者の赤水晶を創り出すために、情報を得ては西へ東へとフェルトたちが奔走していた時のことだった。

リーゼ宮の内宮。
王の執務室など、国の重要機密に関わるものが多く収められている場所であり、現在は特に赤水晶を創り出すための情報が集められている場所でもある。

「ヴィーゼ、待てよ!」

扉越しに聞こえてきたフェルトの大きな声に、部屋の中にいたグレイやノインは何事かと廊下に出てきた。
本を抱えてこちらに急いでいる様子のヴィーゼを、フェルトが追いかけている。フェルトはヴィーゼを引き止めようとしているのだが、少女は逆にその手から逃れようとしているようだった。

「大丈夫だから!」

「大丈夫って…っ…そんなわけないだろ!」


「フェルト、ヴィーゼ?どうしたんだい二人とも」

廊下の真ん中で言い合う二人の姿はノインたちの目に珍しいものと映る。物腰の優しいヴィーゼが声を荒げる姿はこれまで一度も見たことがなかったし、フェルトも普段は穏やかな印象が強い分、なおさらだった。

「あ、ノインさん。赤水晶作製に必要なアイテムの、レシピがあるらしい場所が見つかったんです。だから…」

二人の様子を見ている人物の中に赤髪の女性の姿を見つけ、ヴィーゼが傍に走りよろうとする。そのヴィーゼの腕をフェルトが掴んで引き止めた。

「ヴィーゼ、いうこと聞けって」

「やだ!」

「ヴィーゼ!」

つかんだ手を振り解こうとするヴィーゼに、フェルトの声が険しくなる。

「おいおい、フェルト。何を言い合っているのか知らんが、無理強いはよくないぞ」

腕を掴まれた少女がきゅっと顔をしかめたことに気づいて、グレイが助け舟を出した。

「グレイ…悪いけど、ちょっと黙っててくれ」

しかしそう言って彼を見上げたフェルトの真剣な顔に、グレイは目を丸くする。めずらしいものを見た、とでもいうような表情を浮かべると、フェルトの言葉を聞き入れて黙って様子をうかがう体勢になった。

フェルトの手から逃れたヴィーゼが声を上げる。

「今は一刻も早く赤水晶を完成させなくちゃならないんだよ!?それはフェルトもわかっているでしょ!」

「確かにそうだけど、それでヴィーゼが無理していいって理由にはならないじゃないか!」

「あたしは無理なんかしてないよ!」

「そんなこと言えないだろ、今も熱があるのに!」

「…!」

フェルトの言葉にヴィーゼはぱっと顔色を変えた。

それはフェルトの言葉を聞いた他の者も同じである。

「ヴィーゼ、熱って…?」

ノインの問いかけに、ヴィーゼははっと表情を変えて笑顔を浮かべると、あわてた様子で首を横に振る。

「あ、平気です。熱っていってもたいしたことなくて、だから、はやく捜しに行きましょう」

「何言ってるんだ、ヴィーゼ」

ヴィーゼの言葉にフェルトの声に険しさが増し、表情も硬いものになる。

その様子を見つめながら数秒、何かを考えていたノインが素早く手を動かして、ヴィーゼの頬に触れる。
そしてその瞬間、その顔色が変わった。

「…っ!アンタ、なにがたいしたことないだよ!すごい熱じゃないか」

「そ、そうですか?」

明らかに動揺しているヴィーゼに、グレイとノインは顔を見合わせた。

そして改めてノインがヴィーゼの様子をうかがうと、こわばった笑顔の彼女は頬を赤く染め苦しげに息を切らしている。

先ほど急いで走ってきていたからそのせいかと思っていたが、これは、おそらく熱のためだろう。

「こんなんじゃ、立ってるのも辛いだろ?しばらく休んだ方がいいよ」

「で、でも…」

「そうだな。具合が悪いのに無理をすれば後々支障が出るかもしれん」

「でも、レシピが…」

「ヴィーゼ」

「……」

ノインに、グレイに、そう諭されて、ヴィーゼの言葉も徐々に弱くなる。
最後に、静かにフェルトに名前を呼ばれて、ヴィーゼは持っていた本を両手で抱えて俯いた。

「…わかり、ました」

フェルトが片方の手を取って、彼女の部屋へと促すとヴィーゼは今回ばかりは素直についてくる。
その姿を見送って、グレイとノインが先ほどの部屋へ戻ろうと扉を開けたときのことだった。

ばさりと、重い本が床に落ちる音が響いて、ノインが振り返ると、少し離れた廊下の先に、それが落ちていた。
ノインに背を向けて片膝をついた少年の足元に、少女の法衣の裾が広がって見え、本はその傍に落ちている。
そしてその本を持っていたはずの少女はぐったりとした様子で少年の腕に体を預けていた。

「ヴィーゼ!」

あわてて駆け寄り声をかけると、少女を抱いたフェルトが首を横に振ってそれを制しようとする。
慌ててノインは口を押さえたものの、すでに声を上げた後だった。

「…?…ノ…インさ…」

ノインの声が聞こえたのだろう、ヴィーゼはうっすらと目を開けて、うわごとのように言葉を紡ぐ。
ぼんやりと、自分が倒れているということがわかったらしいヴィーゼは、起き上がろうとして、力の入らない手足を動かした。

それを抑えるように、フェルトがヴィーゼの体を抱える。

「ノイン、悪いけど人を呼んできてくれないか?」

ヴィーゼを抱き上げながら ノインに告げるとフェルトは急いでその場を後にする。フェルトの言葉に頷いたノインも素早く身を翻す。






意識を失った少女の体は、意識のあるときよりも、ずっしりと重く感じる。

その重みが、事態のそれを示しているかのように、少女を部屋へ運ぶ少年の表情は硬くなったままだった。



 



 

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