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「医者は往診で外に出てたのをつかまえたよ。すぐに来るってさ。だから先に水とか氷とか持ってきたよ」
「ありがとう、ノイン」
ノインは両手に氷の入った桶と水差し、その端に廊下に転がっていたヴィーゼの帽子を引っ掛けて部屋に入ると、椅子に座っていたフェルトの傍にあるベッドに近づいた。
「手伝うよ」
ノインからそれらを受け取るとフェルトは、桶に水を張る。
その音を背後に聞きながら、ノインがヴィーゼを見ると、すでに部屋にあった水差しで濡らされたのであろう布がその額に置かれていた。
フェルトから受け取った冷たい、新しい布をそれと取り替えて、ベッドに横たえられた少女の首元を見たとき、ノインがそれに気づいた。
「あ…服…」
振り返れば傍にあるソファに皮製のベルトが、そこに吊るされていた本と鞄とともに置かれていた。背もたれにはヴィーゼの背を覆っていたケープと同色のスカートが掛けられ、その前の小さなローテーブルには青いチョーカーが金色の金具をつけたまま置かれている。
そこに、廊下に落ちていたヴィーゼの帽子を並べて置いて、ノインはフェルトを振り返った。
「…服を脱がしたのって、もしかしてフェルト?」
「?…あたりまえだろう、他に誰がいるんだ」
「あ、あたりまえ…ね」
心底不思議そうに答えたフェルトにノインはどう言葉を返したらいいかわからず、苦笑いを浮かべる。そんなノインを、首をかしげて眺めていたフェルトは言葉を続ける。
「夜着は流石に用意してもらわないと持っていないから。チョーカーと、ベルトも外した。…苦しそうだったし」
最後に呟かれた言葉に、ノインは勘違いにはっと気づいた。そして、顔を紅潮させる。
「フィーに言って、何枚か夜着を用意してもらうよ。熱があるんなら汗かくだろうし」
「そうだな。頼むよ」
そう言ったフェルトは再びヴィーゼの傍にある椅子に腰を下ろす。
「……」
「…あのさ」
しばらく沈黙した後、ノインがフェルトに声をかけた。
「なに?」
「もしかしてフェルト、こうなるってわかってたの?」
落ち着いて見えるその姿は、このことを前から予想していたように思える。
先ほどヴィーゼを引き止めようとしていたのも、熱があるとわかっていたせいだとも考えられるが、そういえばずっとフェルトはヴィーゼの傍についていたということを思い出してノインは尋ねた。
「…ああ」
そして短く返されたフェルトの言葉に、ノインは頭の中で何かが閃くのを感じた。それがそのまま、音となってノインの口から飛び出す。
「じゃあなんでこんなになる前にヴィーゼを止めなかったのさ!」
「ノイン、声が大きい」
「あ…ごめん…ってそうじゃなくて!答えなよ!」
幾分低められても、声の強さは変わらない。
その言葉に、フェルトは視線をヴィーゼに固定したまま、ぽつりと呟いた。
「聞かないんだよ」
「え?」
「『フェルトも、ノインさんやフィー、ポウやグレイさん…他にもいろんな人が頑張ってるのに、あたしだけ休めないよ』って。それに攫われたイリスのことが気になってあまり眠れないみたいで、それで余計に根を詰めていたんだ」
『イリスを助けるためだったら、なんだってするよ!』
思いつめた表情で、エデンを見つめていたヴィーゼの言葉を思い出して、フェルトは表情を曇らせる。
ヒトのためにどんなむちゃも平気でしてしまう彼女だから。
イリスのために。エデンの皆のために。…そして、フェルト自身のために。
『無理するな』という言葉は、彼女には通じない。
少し時間をおいてやってきた医師は診察を終えると、フェルトに3つの薬を手渡した。
栄養剤と熱冷まし。それともう一つ。
「もしこれ以上ひどくなるようならば、使ってください」
「…はい」
部屋に入った医師がヴィーゼの顔を見た瞬間に浮かべた表情。
それを察しているフェルトも、その意を汲み取り3つめの袋を受け取った。
わからないのは二人の傍にいるノインだ。
「フェルト、それは?」
医師が部屋を出た後ノインがフェルトにたずねると、彼は首を横に振った。
「薬でしょう?なんで言えないの」
詰め寄るノインに、フェルトはしぶしぶといったように口を開く。
「…眠り薬だよ」
「…?」
「眠って、ないんだ。ヴィーゼは」
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