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「…つまりあの時君は消滅したわけではなくて、力を使いすぎたせいで、ただ眠ってしまったと…」
「それに近い状態だったと思うよ。正確なところは僕にもわからないけどね」
ヴェインの両隣にはフィロとニケが座り、テーブルに向かい合って座る彼の両脇には誰も座っていない。ロクシスとアンナは3人の背後に立ったままである。
数分前の突拍子も無い…としかヴェインたちには思えない…話に、彼が特に害意を持っていないこともあり、『まずは落ち着いて話を聞こう』と、それまで使っていたテーブルにそれぞれ着くことにしたのだが。
ヴェインに促されるまま、特に何を隠す様子もなくすらすらと話した彼の言葉に、聞いていた一同はヴェインを除き納得しきれない様子だった。
しかし相手はそんなことは気にならないようで、話を続ける。
「君が『いらない』って言ったでしょ?その時点で僕と君は半ば別の存在になりかけていたんだ。そのあと僕は君たちとの戦いで自分自身を消耗させた。本来ならそこで消えるはずだったんだけど、『これ』のせいでそうはならなかった」
そう言って、ヴェインにマナの契約を申し込んだ彼は自分自身を指差した。
「これ…って?」
「君が昔つけてくれた、僕を定義する『人格』」
ふとヴェインの脳裏に、彼と初めて会った時のことが浮かんだ。
自分がテオフラトゥスによって創られたマナだと知り、それによって学園から孤立していた時に出会った、自分そっくりの…。
『少しばかり余計な人格がついちゃったけど、これも君が望んだからかな?』
同時に、それより前にマナ遺跡でイゾルデ先生が語った言葉を思い出す。
『…つまりは、純粋な力の塊。私達が目にするマナは、ただの外見であり器。…』
「変則的とはいえ、マナの発生に近い状態になっていた、か」
ぽつりと呟くようなロクシスの言葉は、ヴェインと同じイゾルデの言葉を思い出したせいだろう。
「そういうこと。…ということで、どうせあの後君は他のマナと契約してないんでしょ?僕も今はぷー太郎マナだし、契約しようよ」
テーブルの上に身を乗り出すようにして両腕で頬杖をつき、にっこり笑顔で誘いかけた彼…マナに対して、ヴェインが答えるよりも先に、周りから一斉に「反対!」の声が上がる。
「君たちには聞いてないよ」
さらっとフィロたちの言葉を流したマナが見つめる先で、ヴェインもぎこちなく首を横に振った。
「僕も、あの能力はもう要らないんだ」
彼を目の前にして、彼そのものでもあるあの力を再び否定することには抵抗があったが、それでもきっぱりと言い切る。
「あ。その点は大丈夫」
だがそう言われたマナのあっけらかんとした返答にヴェインのみならず他のものも目を丸くした。
「いくらなんでも、君と離れちゃったからもうあそこまでは使えないよ。普段君が使っていた…まあ、君はサルファが使ってると思っていたみたいだけど…その能力くらい?」
今でもヴェインの愛猫であるサルファの名を出して、マナはうん、と頷く。
「ほら、前に使ってた剣。僕がいなくなったから使えなくなって不便だったんじゃない?あれなら僕も使えるし。契約したほうがお得だよ〜」
「お得だよ〜ってあんたバーゲン商品じゃないんだから」
げんなり、といった表情のニケがひらひらと手を振る。
それを無視して、マナはとにかくヴェインを口説き落とすことにしたらしい。
「初めてのマナだったら相性とかあるけど、僕だったら最初から相性ばっちりだし、ね?」
言っている途中に、ヴェインに気づかれない程度に、ちらりと彼の背後に立つロクシスのに視線を向ける。
あきらかに自分と彼が契約した光のマナのことを皮肉っていると分かり、ロクシスの表情がきつくなる。
「う…それは、たしかに…」
「そこでほだされるな、ヴェイン!」
「ヴェインくん!」
悩み始めたヴェインに周りが必死で声をかける。
そんな様子を見て取り、ふと、マナの表情が翳った。
「…そうか、しょうがないか…僕がこうしていられるのも君のおかげなんだけど…」
ぽつりと呟くようなマナの言葉にヴェインが表情を曇らせる。
ヴェインが何か言おうとするのを遮るようにして、その魂胆を見抜いてアンナがびしっとマナを指差す。
「こんなときにそういうこと言いますか!?わざとらしいですよ!」
「あ、ばれた?」
けろりと表情を改めたマナにアンナはヴェインの肩を掴んだ。
「ヴェインくん、騙されちゃ駄目だよー!」
反対がわからヴェインの袖を引いているフィロの言葉に大きく頷く。
「そうです、ヴェイン先輩!サルファさんが戻ってきた時どう説明する気ですか!?そのことも考えてくださいー!」
「まてアンナ。今この場でその名前を出すのは…」
ロクシスは慌てて止めようとしたが、そのときには遅く、マナは「ああ」と頷いた。
「今ならお買い得!おまけにサルファと話ができるようになるよ」
「いい加減そのバーゲンセールみたいな言い方はやめなさいよ!」
「ほんと!?」
「ヴェイン(くん・先輩)〜!?」
ニケの言葉と同時に嬉しそうに声を上げたヴェインに、次の瞬間一斉に皆から非難が向けられる。
「いや…だって、…またサルファと話せるんだよ?」
あまりの反応の激しさに怖気づきながらも、ヴェインはぼそぼそと言い訳する。
アトリエ時代を含め卒業後しばらく一緒にいたこともあり、ヴェインのサルファへの愛情…というか友情というか種族を超えた家族愛というか…は並々ならぬものだと、身にしみて思い知らされているロクシスは、ため息をつくことを堪えて口を開く。
「今でも大差ないだろう。十分通じている」
そうです!と、それに同意するのはアンナだ。
「それにアトリエの頃から『サルファの言葉が分からなくなった』って先輩が言わなければ、誰も気づかなかったくらいなんですから」
「ヴェインがサルファを好きなのはよっくわかってるけど、ここは堪えて」
「…みんなひどい……」
ニケにまでそう言われて肩を叩かれたヴェインの目は、微妙に潤んでいる。
確かに分からなくなったといっても、微妙な口調の違いや、他には例えば夕食に鯛が食べたいかあるいは鮭が食べたいかといった程度ではあるのだが。
視線を感じて顔を正面に戻すと、向かいの席に座った『自分』が「分かっている」と言いたげに頷いている。
「大丈夫。君がサルファを大事に思っている気持ちは、僕にはよくわかってるよ」
安心させるような、柔らかな笑みを口元に湛えて、マナはヴェインの片手を取る。
「たった一言だけ『契約する』って言ってくれればいいんだ。そうしたらまたサルファと話せるようになる。簡単でしょ?」
僕も君と一緒にいることができるし。
口調は柔らかく、誘うような言葉に思わずヴェインは頷きそうになる。
しかし。
「だめ――!」
小さな子供を叱るように、ヴェインの手を取ったマナの手の甲がパンっと叩かれる。
マナの言葉に唖然としていた皆の中で、フィロだけが頬を膨らませてヴェインの肩を引っ張っていた。そのまま椅子から立ち上がり、隣の青年を両手で抱きかかえようとする。
「サルファくんと話せるようになるのはいいけど、ヴェインくんは口説いちゃ駄目」
「えー。けち」
「ケチじゃないよ。サルファくんと話せるようにしてもいいっていってるよ」
フィロの言葉にマナは彼女に負けず劣らずのふくれっつらになる。
「それ無茶苦茶だよ。僕に全然メリットないじゃない」
「とにかく、マナの押売りはお断りなの」
ぎゅうぎゅうに抱きかかえられた頭に柔らかい胸が押し付けられて、ヴェインが顔を赤くしているのをよそに、フィロがきっぱり言い切ろうとした。
「いや、そう言い切らんほうがいいかもしれんぞ」
突然割り込んできた声に、マナ以外のものが驚いて振り返った。
工房に続く扉の前に設えてある暖炉の傍に、予想通りの声の主を見つけて、彼の名を呼ぶ。
「先輩!」
「うむ。皆の者ご苦労」
多少見栄えはよくなったものの、相変わらずどこかしら破れた服を纏ったグンナルがそこにいた。
「…どっから湧いて出たんですか」
「まさかとは思いますが、煙突ですか?」
「グンちゃん通れるようなスペースなかったはずだけど」
「あの、修理大変なのでできれば壊さないで…」
「なにを寝ぼけたことを言う。正面から入ってきたに決まっているだろう」
後輩たちの言葉に呆れたようにグンナルは顎で後ろを示す。
そういえばマナのせいで忘れていたが、工房の扉の鍵を外したままだった。
「…いやぁグンちゃんだから、てっきり突拍子もないところから出てくるとばかり」
ごまかすようにニケが笑ったが、その言葉は後輩一同、同じ考えだった。
「ところで、先輩。さっきの、『彼』の契約を断らないほうがいい、と言ったように聞こえたんですけど」
「ん?ああ。多少の危険はあるが、そのほうがヴェインのためにもなるやもしれん」
「それってどういう…」
自分の言葉にたずね返そうとするヴェインを制し、グンナルは数歩マナのほうに近づくと、「ふむ」と腕組をした。
「最初に話を聞いたときには、よもやこいつがいるとは思ってもみなかったからな。何らかの事情があるにせよ、てっきりヴェインが忍び込んだと思っていたが…」
言いかけた途中で、ギャラリーから『待った』がかかる。
「…申し訳ありませんが、聞いている私たちに話が見えないのですが」
「グンちゃんだけで納得しないでよねー」
「説明をお願いします」
「僕もー」
話しかけている当人からもそう言われて、グンナルは「仕方あるまい」と言いなおすことにした。
きっかけは、アンナから届いた矢文の内容だ。
それはヴェインが錬金術士の協会に出頭することになったというものだったのだが、そもそも協会はめったなことでは出頭といったような強制力のある指示は出してこない。
ならば、そうなるまたはそうする要因が何かあるはずで、それについては部下に集めさせた情報に答えと思しきものがあった。
「一ヶ月ほど前、アルレビス学園の生徒の前に姿を見せて幽霊騒ぎを起したのはお前だな」
「騒ぎってほどじゃないよ。女の子に質問をひとつしただけだもの」
けろりと答えたマナに、グンナルは視線をヴェインに向ける。
「別物とはいえ、これだけ似ていれば妙な考えを起すものもいるだろう。…おそらくはヴェインが呼び出されたのもコイツが原因だ」
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