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会話が途切れ、いつもとは違う居心地の悪い空気が漂い始めた頃、不意に工房の方から扉を叩く音が聞こえてきた。
「…あれ?」
真っ先に気づいたのは一番工房側にいたアンナだったが、すぐに他のものも気づく。
鍵がかかっているため開くことはないのだが、ドアベルの震えているような音も聞こえてくる。
「閉店中って下げてないのヴェイン?」
「ううん、そんなはずないよ。ヴェインくんたちを見送った時確認したもの」
工房のほうを見ながらフィロがニケに答え、アンナもそれに同意する。
「私も見ました。…おそらく、グンナル先輩ではないでしょうか?私がこちらに来るとき、ついでに矢文を放っておきましたから」
「……『矢文』?」
ロクシスが思わず問い返してしまったのは、あまりにも違和感のある言葉だったからだ。
アンナが釈明するようにぼそぼそと続ける。
「…そんなものでないと、すぐに目を通したりしませんから。だからなるべく早く、確実に読んで欲しいものは、あの人の興味をひくようなものにしないと…結局意味がないんです」
これまで何度も果たし状を送り、その考えにたどり着くまで何度もすっぽかされた経験のあるアンナの1オクタープ低い声の言葉に、ロクシスたちはそれ以上追求するのをやめる。
「あんたたちも妙な関係だよねぇ」
「ほっといてください」
ニケとアンナがそんなことを話している間にヴェインは立ち上がると工房のほうへ向かう。
もしかしたら急用でなにか必要になった人がきたのかもしれないし、それに本当にグンナル先輩だとしたら、このまま開けないでいるのはとっても危険だ。
グンナル先輩かもしれない、ということでなんとなく他の者も立ち上がってヴェインの後を追う。
久し振りに会う学生時代の先輩に敬意を表して…というわけでは決してない。
ヴェインは扉に近づくと鍵と閂をずらして取っ手を握る。
内開きの扉は、カララランと軽やかなドアベルの音を響かせて開いた。
「はい。いらっしゃいま…」
なかば無意識にでた言葉は途中で止まってしまった。
呆然と、視線をまっすぐにしたまま、体ごと固まってしまう。
「なに?どしたのヴェイン」
「先輩じゃないのか?」
「ヴェインくん?」
扉を開けたまま動かなくなったヴェインに背後にいたフィロたちが何事かと後ろから覗き込み…同様に目を見開いたまま動けなくなった。
姿かたちは、ずいぶん昔のヴェインを思い出させる。
しかし、当時のヴェインがみせたことのないような満面の笑みを浮かべているのが『本物』との違いだ。
「やあ、ひさしぶり」
にっこりと、屈託なく。
それはまごうことなく、かつての『彼』だった。
声をかけられるのと同時に、ヴェインは反射的に扉を閉めた。
ばたんと、背中を扉に押し付け、背後に立っていた仲間たちに向き合う。
「ぼ、僕の見間違いかな?」
まるでそうであることを祈るかのように問いかけたヴェインに、
「うちらだって見たわよ!」
とニケが答える。
その答えにヴェインの顔色は瞬く間に真っ青になった。
「どどど…どうしよう」
「とりあえず、ヴェインは隔離したほうがよさそうだな」
動揺して取り乱すヴェインの様子に、ロクシスが呟き、アンナが同意する。
「そうですね、ヴェイン先輩はあちらに!フィロ先輩お願いします!」
すでに刀の柄に手をかけながらアンナは言うと背後のフィロを振り返った。
「うん、じゃあ、ヴェインくんはこっちにきて!」
さすがに長い付き合いがあるだけ、フィロは遠慮なくヴェインを引っ張り工房の奥にある自宅のほうへとつれていく。
その姿が完全に見えなくなったことを確認したあと、残った三人、ロクシスとニケとアンナはお互いの顔を見合った。
同じ決意をその中に見て取り頷くと、今度はロクシスが扉を開ける。
そして、『彼』は先ほどと同じ場所にいた。
「ひどいよ。目の前で閉めるなんて」
表情は先ほどと違い少々機嫌を損ねているように見えるのは、そのためらしい。
だが、彼を見つめる人間の中に目的の人物がいないことに気づいたのか、小さく首をかしげる。
「あれ?彼はどこいっちゃったの?」
「答えるつもりはない」
「ちょっとあんた、何のつもりよ。いきなり押しかけてきて」
「そうです。そもそもあなたはあの場所で消滅したじゃないですか」
ロクシスの言葉にピクリと眉をしかめた彼は、ニケやアンナの言葉を聞いた後ぶすっとした表情で答える。
「してないよ。消滅したっていうのは君たちの考えだし、事実、僕はこうしてここにいるんだから」
そりゃあ、予想よりはやく起きれたなって思うけど。
その言葉をいうつもりはなくて、意識の中だけで呟く。
同時に口に出すのはかつてのもうひとりの自分…ヴェインの所在だ。
「だから…」
「いいや、答えないんでしょ?だったら勝手に探すよ」
再度答えかけたロクシスの言葉を無造作に断ち切り、どこか拗ねたような言葉で『彼』は告げる。
ふわりと体を宙に溶け込ませ、あの時と同じように、自分を遮ろうとした者たちの間をすり抜けると、工房奥に再び姿を現した。
「きゃあああっ!」と響くのはフィロの悲鳴だ。
「こっちにこないで!来たら許さないんだから!」
カウンタータイプの台所…壁に対面したコの字型のものの前で、フィロがすぐ傍にあったフライパンを握り締めている。
甲高い声が頭に響いたのか、彼は耳に指を押し込んで顔をしかめていた。
「うっるさいなぁ。僕まだ何にもしてないのに」
「そんな風に言うってことは…何かする気なんでしょ!?」
「まあちょっと…ってそんな顔するかな。へんなことはしないってば!」
「しんよーできないよ!」
「フィロ!フィロ!待って!…っ痛!」
ただ隠れているだけのつもりが、フィロたちが彼に立ち向かっていることを悟り、ヴェインは閉じ込められていた棚の中からなんとか体を引き出す。
無理やり詰め込まれるようにして入れられていたため、はみ出た勢いで跳ね返ってきた棚の戸で頭を打ち付けた。
「痛そうだね。…大丈夫?」
「う、うん。そんなに痛くなかったから…」
はた、と気が付いて顔を上に向けると、そこにはカウンターに頬杖をついて覗き込んでいるかつての自分の顔があった。
「久し振りだね。元気だった?」
まるで少しの間離れていた親しい友人に向けるような。
そんな笑顔で声をかけられて、ヴェインは言葉に詰まった。
かつての…学園にいた頃とほぼ同じ、いや、あの時と同じ姿を持った『彼』は、こそこそと内緒話をまねてヴェインの方に顔を寄せるようにして声を潜める。
「さっさと言わないと、なんか君の友人たちにいじめられそうだからさ」
そのまま、けろりとなんでもないことのように告げる。
「単刀直入に言うけど、僕とマナ契約しない?」
少なくとも、ヴェインと、傍にいたフィロと、工房から駆けつけたロクシスたち3人がその内容を理解するまでに、時間がかかったことだけは確かだった。
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