指輪物語

 

 

指輪物語 2

 



 

盗まれたという言葉に一瞬唖然としていたフェルトだったが、はっと我に返ると勢いよくきびすを返し元来た道を戻ろうとした。

「取り返す!」

「取り返すってアンタ、どうやって?顔も覚えちゃいないだろ?」

焦った様子のフェルトの上着を掴んで、ノインがあわてて止める。

「ワシもそれはかなり無謀なことだと思うぞ。金のことを心配しているなら問題はない。しばらく貸しておいてやるから」

グレイの言葉にも、フェルトの焦りの色は消えない。もどかしげに首を振ってそれを否定する。

「いや…そういうことじゃないんだ。あの中には大事な…」

言いかけて、フェルトは唐突に言葉を詰まらせた。

「大事な…?」

促すように尋ねるフィーを、フェルトは遮って言葉を継ぐ。

「だから、どうしてもそれだけは取り返さなきゃならないんだ」

「しかし、闇雲に捜したところであの手の輩を見つけることは不可能だ。何かもっと確かな方法があれば…」

そう言うグレイに、フェルトははっとしたように、声を上げた。

「ある! あのアイテムなら…」



 町の広場から外れた道に入ると、辺りはひっそりとして静かだ。
表通りと裏通りの落差が激しいが、今はその静けさがありがたかった。


皆から少しだけ離れたところに立ったフェルトは、水晶のついた振り子を指でつまみ胸の前にかざして目を閉じていた。
集中しているフェルトの意識を妨げないように、ノインは声を低めて、隣に立つフィーに小さな声でたずねる。

「何かえらく慌ててるけど…フェルトの大事なものって?」

「おそらくこれだ」

つっとフィーは顔の前にかざした右手の小指を、左手で指差してみせる。

「指?」

「フェルトは、いつも右の小指に指輪をしていただろう?剣を持つものには珍しいと思っていたが、思い入れのあるものならばおかしくはない。それにさっき見たら、今ははめていなかった」

「そんな大事なもの外す筈が…」

「大事だから外した。ノイン、ここに来る前のこと、憶えているか?」

「あ…あの渓谷」
「そうだ」

金属が劣化してしまう蒸気。そんな中に大事なものをさらした状態でいられるだろうか?
使い捨てのものであればかまいはしないだろうが、ただ一つのものであるのならば、たとえ変化しないとわかっていても、おそらくは庇ってしまうだろう。

フィーとノインが話している間、目を閉じて指先にあるペンティグラムに意識を集中させていたフェルトが、ポツリと呟いた。

「わかった」

そしてフェルトが目を開けると、役目を終えたペンティグラムが空中に霧散する。
きらきらとした光の残像が残る中で、グレイがフェルトにたずねた。

「どこだ?」
「ここから北にある町に向かう街道。その途中の店の中にある」

「店の名前はわかるか?」

「そこまでは…読み取れなかった。ただどう行けばいいのかはわかったから、今から向かうつもりだ」

「よし。ならばこのままこの町を出よう。途中で何度か同じように場所を確認すれば見失うこともあるまい」

「ああ」

グレイの提案にフェルトは頷く。
ここに来るまでの戦闘で、マナも残り少なくなっている。手元にあるペンティグラムは、残り2つになっていた。



途中何度か行き先を変更させられながら、フェルトたちは財布を盗んだ犯人を追っていた。
手持ちのペンティグラムを使い果たし、日が暮れ、夜が明けた頃たどり着いた場所で、フェルトは愕然とする。

「宿屋っ!?」
「フェルトこれは…」

「まさか…移動したのか…」

最後にペンティグラムを使ったのは夜だった。最悪の事を考えつつ、それでもなにか手がかりはないかと、フェルトとグレイが宿の主人に話を聞くために中に入る。
店の外に残った3人のうち、ポウがちらちらと店の右手側に視線を向けた後、ノインを見上げた。

「ねぇ、さっき宿屋の前にいた男、おかしくなかった?」
「?」
「フェルトの顔見てさ。明らかに驚いてたよ」

「そりゃあ、この人数が勢いつけて走り寄ったらおびえるんじゃない?」
「だけど、他の人はぜーんぜん、気に留めてなかったのに」

二人の会話を黙って聞いていたフィーが、唐突にポウへ声をかけた。

「…ポウ、その男、どっちへ行った?」
「あっち」

右手で北の街道を指差したポウにフィーは頷く。

「なるほど。顔は憶えているな?」
「憶えてるけど」

「よし、充分だ」

グレイとフェルトを呼びに宿に入るフィーの様子に、何かを得たことがわかったノインが傍らのポウを見下ろす。

「お手柄だねポウ。あんたが女以外のものを見てるなんて珍しいけど」

「馬鹿にするなよなー。おいらだってやるときはやるんだい!…そりゃまあ、女の子のほうが嬉しいけどさ」

「馬鹿なこと言っていないで、行くぞ。おそらく今がチャンスだ」

宿から出てきたグレイに勢いよく荷物のように抱えられて、ポウはぶすっと頬を膨らませる。

「馬鹿なことじゃないのに〜」

 

 案の定ポウの見た男が、フェルトの財布を盗んだ男だったらしく、お金はすでに使われてしまっていたが財布を取り戻すことはできた。しかし、肝心のフェルトの大事なものは質屋に売り払われてしまったあとだった。

「しかしあんな指輪二束三文にしかならなかったぜ」

ぐるぐる簀巻き状態で悪態をつく男に、フェルトは思わず拳を握り締めたが、フィーにとめられた。

「指輪を取り戻すことが目的なのだろう?これを殴って気がすむものではない。ならばこんなものにかまっているだけ時間の無駄だ。店に行く方が先決だろう」

冷静なその言葉に、はっとしたフェルトが彼女の方を振り返る。

「…そうだな」

殴られずにすんだということで、へらへらと笑ってみせている男をグレイが見下ろす。

「こいつもここに放り出しておけばいいだろう。運がよければ、誰かが見つけてくれるだろうからな。死にはすまい。ただ、それが善人であればよいだろうがな」

運が悪ければおしまいだと、言外に匂わせて告げるとグレイはさっさときびすを返す。
あわてて呼び止める男の声は、もう誰の耳にも聞こえなくなっていた。


男が指輪を売り払ったという質屋は、そこから随分遠くにあった。
見るからに怪しげな、埃っぽい店内で三十代後半の丸縁メガネの男が淡々とフェルトの言葉に答えた。

「ああ、あれね。売れちまったよ」

「売ったぁ!?」

「おっさん、それは盗まれたもんだって言ったろ!?」

勢い込んで詰め寄るノインにも、表情一つ変えない。

「仕方ないだろ。持ち込まれたときには盗品なんて知らなかったんだし」

それは嘘だろう。どう考えてもその筋としか思えないものが店内のあちこちに置かれている。しかし、この様子ではこの店長はそれを認めない。

「一体誰に…!」

「さあ?」

「さあって…っ!」

「ああでも。街の催しの賞品にするという話だったかな?そうだね、それに参加して、取り戻したらどうだい?見たところ、なかなかいいセンまで行きそうだしね」

一行を見渡して、そのときばかりはニヤリと笑って見せた店主から、その町の名を聞くとフェルトたちは店を後にした。

店を出たフェルトたちは、ふうっと一様に息を吐いた。

「ここまで来たら、指輪の所在は決まったようなものだな」

昨日の昼からずっと、追いかけっこのような状態が続いていたのだ。
実際に場所を突き止めたわけではないが、良かれ悪しかれ、これでようやく落ち着くことができそうだ。

「ああ。すぐに向かおう」

「職人都市エルダーか…たしか、装飾職人が多く住む町だ」

歩き出した皆の後ろで、街道の向こうに小さく見える家の屋根を眺め、グレイが呟いた。



 




街の中央付近にある広場に着くと、それはすぐ目の前に設置されていた。

「美少女、コンテストぉ?!」

でかでかと看板に書いてある文字を読み、フェルトはあっけに取られたように口を開けた。

「綺麗なおねえさんは大好きだぜっ!べいべー!」

ついでに看板に書かれた文句に、ポウが嬉しげに答えている。

「こうきたか・・・」

むうっと額にしわを寄せたグレイが看板を睨む。
優勝賞品の欄には、賞金や家具などに混じって指輪の名前もある。
おそらく、あの質屋の言っていた催しはこのことなのだろう。

「…くっ!こうなったら、フィー、ノイン!二人だけが頼りだ。頼む、コンテストに出場してくれないか!?俺にできることはなんでもする!」

勢い込んで二人を振り返ったフェルトだったが、なぜか彼女たちは笑いを噛み殺したような顔をしている。

「…まあ、手伝ってあげたいのは山々なんだけどぉ…」

「フェルト。私たちに頼む前に、一度最初から看板を読んだ方がいいと思うぞ」

「最初から?」

不思議そうな表情のフェルトに、フィーは笑い出しそうになる口元をこぶしで隠す。

「ああ。…フェルトはちょっと、勘違いをしている」

「グレイおじさんは、ちゃんと読んだみたいだけどね〜」

「?」

「…フェルト、すまんがワシに期待はしないでくれ」

珍しく力のないグレイの言葉に、フェルトは首をかしげながら、看板を振り返る。
あらためて、看板を読み直しているフェルトの横で、すでに読んでしまったポウが珍しく砂を吐いていた。

「本物のお姉さんじゃなきゃ嫌だ――!」

読み終えたフェルトも、そのあまりの内容に、体を硬直させている。

「…『女装』美少女コンテスト…」

だらだらと冷や汗を流しているフェルトに、フィーとノインがそれぞれ言葉をかける。

「この地方は、もともと男女比が圧倒的に女性の方に傾いているんだ。両者の力関係もまた然り。ゆえに、めったなことでは『美少女コンテスト』なるものは開催されない」

「まあ、フェルトもさっき『俺にできることはなんでもする!』って言い切ったし。そうよね、その意気込みがあれば…優勝できるんじゃない?」

「そうとなれば、私たち二人も協力は惜しまないぞ。どんな手段を講じてでも、絶世の美少女に化けさせてやるから」

フィーにまで握りこぶしで宣言されて、フェルトはもう、脱力するほか無かった。

 



 

【1へ】                                       【3へ】                   

【Back】