指輪物語

 

 

指輪物語 1

 



 

エデンの聖地を全て修復し、残る帝国の打倒を目指してフェルトたちは一路、橋砦ゼーユングに向かっていた。その途中、黒と黄色の斑模様の石が転がる渓谷に差し掛かったとき、真ん中を歩いていたポウがぎゅっと鼻をつまんだ。

「なんだか、卵が腐ったような匂いがするよぅ」

「…レールザッツによく似ているな。確かここには硫黄鉱脈があったはずだ。匂いはそのせいだろう」

辺りを見回しながらグレイが言う。谷はまるで薄もやがかかったかのように足元が黄色にかすんでいた。

「それにしてもすごい匂いだ」

しゅうしゅうと岩の隙間から吹き出す蒸気に、フェルトが上着で口元を覆った。その他の者も、ハンカチやタオルでそれぞれに口元を覆っている。

「皆、直接肌につけている金属類ははずした方がいいぞ。特に銀製のものは一瞬でやられる」

 経験のあるらしいグレイの言葉に、ノインが嫌そうに顔をしかめて見せた。

「えぇ―――、なんかあったらどうするんだよ」

 それでなくても細い渓谷で、あまり身動きが取れないというのに。

「…金属の炎症を起こしたいならかまわんが?それにもう街に着く。待ち伏せるにしろ、何にしろ、こんなところで事を起こそうとする輩はおらんさ」

 しかしそう言われて、ノインはため息混じりに服につけていた金具を外した。外した銀色の金具が、蒸気に当たって薄い茶色に変化していく様を見て、ノインはあわてて持っていた布で武具をくるみこむ。

「…しかたないか。ぅあ、なんか色が変わってきてるし」

「このあたりを抜けたら、一度磨きに出した方がいいな」

 イヤリングを外したフィーが、黒く曇ってしまった表面を撫でて呟く。
くるんだ布を抱えて、ノインが恨めしげに二人の方を見た。

「フェルトやおじさんはいいよなぁ。何も外さなくてもいいんだもん」

「まあ、ワシに限って言えば、こんなもの屁でもないわな」

 ノインやフィーたちとは違い、グレイの竜の皮膚はめったなことでは傷付かない。

「じゃあ、おじさんが先頭行ってよ。こっちは今丸腰なんだから」

 がはがはと笑うグレイに、ノインは呆れたように言いながらその背中を前に押した。
 わざと前に押されながら、グレイは顔だけ振り返ってフィーの後ろにいたフェルトに声をかける。

「ああ、いいとも。ならばフェルトにはしんがりを頼みたいがいいか?」

「ん?ああ、俺はかまわないよ」

 そんなふうにしながら5人はその渓谷を抜け、グレイが言った街に足を踏み入れた。
 街に入ったフェルトたちは、その日の宿を決めるために宿屋を探し始める。
 いつもは街の郊外にキャンプを張るのだが、あいにく渓谷の蒸気の匂いがすさまじく、今回ばかりは全員一致で宿を取ることに決めたのだ。
 その途中、皆の後ろを歩いていたフェルトだったが、何か思い立ったようにごそごそと荷物を探り始める。そして、はた、と上着に手を当て、フェルトは急に大声を出した。

「ない!」

 いきなり叫んだフェルトに、周りにいた仲間たちは目を丸くする。

「はぁ?!」

 先頭に立って宿を探していたノインが振り返る。

「フェルト、どうしたんだ?」

 フィーが首をかしげるように尋ねる横で、ポウが呆れたように声をかける。

「無いって、何が」

 ばたばたとあわただしく、荷物を探ったり上着をはたいたりを繰り返しながら、「ないっ!やっぱりないっ!」と言っていたフェルトだったが、ぱたりと動くのを止めると、様子をうかがっている仲間たちに向かって、弱々しい笑顔を見せた。

「……………財布」

 言われた言葉は、とても笑顔では言えない単語で。
 そして、次の瞬間、周りにいた他の人たちが振り返るほどの、叫び声が街に響いた。

「なにぃ――――――――――!?」







「…ああびっくりしたぁ。青い顔して財布なくしたなんていうんだもの、てっきりシルムシルトの軍資金の方の財布をなくしたのかと思っちゃったじゃない」

「思い込んで、有無を言わさず殴ったくせに」

 ぼそっとフェルトが言った言葉に、ノインはひらひらと手を振りながら笑ってみせる。

「…まあ。それは…あははは。いーじゃない。フェルトは丈夫なんだし」

「そういう問題か?」

 フェルトがノインに突っ込みを入れている横で、フィーが顎に指を当て、確認を取るように呟いた。

「つまりなくなったのはフェルト個人のものなんだろう?」

「ああ」

「どこかで落としたとか、置き忘れたような記憶は無いのか?」

「フェルトがそんなこと憶えてるわけ無いじゃん」

 往来の真ん中で顔をつき合わせている4人の後ろで、ポウがのんきそうにフィーの言葉に茶々を入れる。恋のライバルである(自分が結婚していたとしても)フェルトの苦境は嬉しいらしい。

「…お前な。…財布はこの街に入る直前に一度取り出した。それから後はずっと荷物に入れてたから、落とすとか、置き忘れたことは無いと思う」

 いったんポウのほうを見たものの、フェルトはすぐにフィーに向かって答えた。
 その言葉に、グレイが頷く。

「ふむ…気づいたのは、さっきか?」

「ほら、人と一度ぶつかっただろ?そのときちょっと妙な感じがしたんだ。だから気になって荷物を調べてみたら…って、どうした?みんな妙な顔して」

「…フェルト」

 なぜかめずらしく脱力したような表情のフィーが、名前を呼ぶ。

「まあ、物知らず〜の、あんたにしちゃ、荷物を確認しただけでもいいほうかねぇ」

「このポウ様だってそんな間抜けはしないよ」

「?」

 まだわかっていない様子のフェルトに、グレイが声をかけた。

「フェルト」

「なに?グレイ。妙なしわが額にできてるけど」

「…十中八九、お前さんの財布は、そのぶつかったという人間が持っているだろう」

「…………ぅえ?」

 はぁ〜と、フィーとノインが大きくため息をつく。

「まだ気づかないのか?フェルトの財布は落としたんじゃない。人為的に盗まれたんだ」

 



 

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