指輪物語

 

 

指輪物語 3

 



看板に記されていた大会開催まで、あと3日。
準備が必要だということもあり、5人は街の宿屋に泊まっていた。

「シャリオミルクに、月長石だったよね?それにテレッセからもらった化粧品、使わないでいてよかったわぁ」

「シャリオミルクはともかく、月長石は数が少ないから少し遠慮して…」

「指輪を取り戻せなくてもいいのかしら?」

「…。…存分に使ってやってください」

なんとなく、グラードの時の仕返しをされている気がしないでもなかったが、指輪を引き合いに出されればフェルトは文句を言えない。

「私やノインの服だと少々きついか。フェルト、後で買い物に行くぞ。ついて来い」

「…わかった」

さっきから胴回りや靴のサイズを確認していたフィーが巻尺を片手に言うと、ぺたぺたと化粧水をフェルトの顔に塗っていたノインが「はいはいっ!」と手を上げる。

「あ!アタシもついていっていい?ついでにかつらとか用意しようよ♪」

「そうだな」

あきらかに弾んだ声でノインが提案すると、フィーもこれまた何の躊躇も無く頷く。
完全に、遊ばれていることがわかって、椅子に座ったまま、フェルトは大きくため息をついた。

そしてその一方で。
その部屋の隅にいた残りの男二人は目の前の光景に、はっきりいっておびえていた。

「ノインとフィーが怖い…」

「今は逆らうな。…フェルトの二の舞になるぞ」

あえて視線を向けず、グレイがポウに忠告する。
しかし時すでに遅く、ノインの目が二人の方に向けられていた。
にっこりと笑う笑顔が、今の二人にとって何よりも恐ろしい。

「ポ〜ウ〜」

「ひいっ」と悲鳴をあげそうになるのをこらえて、ポウがぎこちない笑みをノインに向けた。

「な、なんだい?」

「ふふふ、おまたせ。さあ、こっちにいらっしゃぁ〜い」

おいでおいでと手招きされても、とてつもなく嫌な予感がする。

「えーと。お、おいらのことはお気遣いなく〜」

さりげなく、さりげなく。大げさに断れば、おそらく無理やりに連れて行かれることを感じて、そう言ったポウだったが、しかしそんなことでノインから逃げ切れるものではない。

「まあ、そんなこと言って……いいから早くおいで」

最後の台詞に力を込め、ついでにぐっとこぶしを握って見せて、ノインはにこやかに最後通告をする。
ポウが振り返っても、グレイは視線を合わせてくれなかった。だめでもともと、フェルトの方にかすかな希望を持ってみたが、こちらはすでに諦めの境地にいたっており、助けにはならない。

「あう〜」

まるで死刑執行前の囚人のような気持ちで、ポウはずるずると足を引きずって、『死刑執行台』に向かって歩いていった。

 






 

 

大会当日の朝はフィーとノインの二人の部屋から、はしゃいだ賑やかな声と一部悲鳴が響いていた。
 エーゼリン様直伝だというフィーとの、数日間の『女性らしい立ち振る舞い』の特訓で、少々やつれた観のあるフェルトは、背後のポウの悲鳴を聞きながら黙々と用意された衣装を身につけていく。

腰の辺りまでの長さのかつらをつけて、すそが長く袖のないワンピース風の服を着る。さらにその上から長衣を重ね着し、腰の上の部分で止めた。襟元は長いレースの付けエリをつけて、のど元を隠す。

衣装を全部着け終えたフェルトを眺め、ノインは「ん〜」と何かを思案するように眉をしかめていたが、ポウに化粧を施しているフィーを振り返り声をかけた。

「せっかくだし、アイテムの中でもそれらしいのあったよね。今持ってるのはフィーだっけ?」

「ああ。あれか。少し待て」

そう言うとポウの傍を離れてごそごそと荷物を探っていたフィーは、布に包まれた小さなティアラを取り出してノインに渡す。
本来は毒を退けるアイテムなのだが、見た目は装飾品に過ぎない。

「まさかそれをつけろと言うんじゃ…」

衣装とかつらまでは妥協していたフェルトだったが、目の前に示されたものにびくっと怯えたように一歩足を退いた。

「あったりー」
「最初はフェルトが持っていたんだ。サイズも合うだろ」

「そういう問題じゃない気がするんだけど」
「そういう問題なの」

「……」

きっぱり言い切られて、フェルトは二の句も続けられない。
 ああでもない、こうでもないとフィーとノインはフェルトのアクセサリーを変えたり化粧を直したりとしていたが、しばらくしてようやく納得できる仕上がりになったらしい。
 その傍を離れると、足先から頭のてっぺんまで確認して満足げに頷いている。

「上出来、上出来♪これだけでも優勝狙えるって」

「なんか、複雑だ…」

うきうきと弾んだノインの言葉に、それまで着せ替え人形状態だったフェルトは力なく肩を落とす。今回、主に立ち振る舞いの指導を行っていたフィーも、ノインの横にいて言葉をかけた。

「誇ってもいいぞ」

「…むしろ悲しめ」

ぼぞっと呟いたのは部屋の隅にいたグレイだ。

「お〜じ〜さ〜ん〜、何か言った?」
「……」

ノインに言われ、グレイはそそくさと部屋から出て行く。

(ああ、グレイが遠くなっていく)

その姿をどこか遠い目でフェルトは見送る。



 化粧を終え、髪を整えてすべての準備が終ったのは、受付終了まで1時間ほどになった頃だった。

「じゃあ、ちゃちゃっと行ってみましょうか!」

明るい声でノインが言う横で、ポウが椅子の背にしがみついている。

「いーやーだー、こんなみっともない格好で、女の子の前に出たくない〜!」

手を加えて、フリルいっぱいのドレスに仕上がった妖精の服を着た姿は、それはそれで幼い少女のようで可愛らしいのだが、ポウにとってはそれは拷問にも等しいものらしい。

「往生際が悪いわね〜ポウ。大丈夫。誰も気にしないって、アンタのことなんか」

「が――ん」

「ほらほら、固まってないで。行くよ」
「えっえっえっ、ノインなんか嫌いだ〜」

ずるずるとポウを引きずるノインを見送り、フィーはフェルトを振り返った。

「さて、私たちも行くか」

「あ、ちょっと待ってくれ。…隣の部屋にアゾットを置いたままなんだ。取ってくるよ」

促すフィーに、フェルトはあることに気づいて声を上げる。朝からばたばたしていて、いつも持っているアゾットを、自分たちが使っている隣の部屋に置きっぱなしにしていた。

「そうか。私は先に宿の入り口に行っているから、用が済んだら降りてきてくれ」

「ああ、わかった」

フェルトの言葉に頷いたフィーが一階に降りていき、それを途中まで見送ったフェルトも急いで傍にある戸を開けて中に入っていく。



 ベッドの脇に置いた自分の荷物の中から、フェルトがアゾットを取ろうとすると、その手が触れる間際にポウッと中央の赤い石が光った。

「?」

 フェルトが剣を引き抜いて目の前にかざしてみるが、アゾットは何も言わない。

「…エラスムス?」
「今は私に触るな。話しかけるな」

尋ねるようにその名前を呼ぶと、非常に嫌そうに、アゾットはフェルトに応えた。

「そんな…露骨に嫌がらなくてもいいだろう?!」

「逆の立場だったらどうする!?好んで近寄りたいと思うか?」
「…それはちょっと…」

切り返したアゾットの言葉にフェルトが言葉を濁すと、剣は言葉を重ねる。

「ならば今の私の気持ちも察することができるだろう。なに、街の中だからな。そうめったやたらなことはあるまい」

だからこのまま宿に置いていってくれ。そう告げる剣に、フェルトは渋い顔をする。
常に一緒に持っていた剣を一時とはいえ手放すのは、流石に心もとなかった。

「…会場に入らなければいいんだろう。なら、フィーたちのうちの誰かに持ってもらって、会場の傍にいてくれればいい」

「…」

「変なこと言うけどな、エデンからずっと一緒に旅してきたせいか、傍にないと落ち着かないんだよ」

フェルトの言葉を聞いても黙っていたアゾットだったが、しばらくして仕方がないというようにため息をついた気配を発する。

「……わかった。ならば、教会の少女に預けてくれ。アゾットに縁のあるものだから多少は妥協してもいい」

「フィーだな。わかった。頼んでみるよ」

その言葉にほっとしたフェルトは、剣を鞘に戻す。
そのまま部屋を出ようとして、ふと、自分の胸元に手をやった。

「ヴィーゼ、絶対シェアドリングは取り戻すからな…」

ぎゅっと、布越しにヴィーゼからもらったお守りを握り締め、フェルトは呟く。
しかしその姿は、はからずもフィーの言ったように絶世の美少女であり、その言葉との違和感に、傍にいたアソッドは無言のまま悶死しかけていた。










 会場にはすでにちらほらと観客が集まり始めている。
その場所を通り過ぎ、大きな舞台がしつらえてある建物の横に行くと、受け付け用の小さなテーブルが並び、大会関係者と思しき女性が座っていた。

「参加される方はこちらに名前と出身をご記入ください」

参加者なのだろう男性に声をかけている。

「ちょっ…ちょっとまて。これって本名を書かなきゃいけないのか!?」

参加するだけでいいと思っていたフェルトは、受付の呼びかけを聞いて隣のフィーにこそこそと小声で尋ねる。

「フェルト」

キラン、とフィーの目が光って、フェルトはあわてて言い直す。

「あっ!…えーと、書かなきゃいけないの…か…かしら?」

「…よし。言葉遣いはその人間の本質がでるからな。今日一日は極力、素の口調は出さないように」

「……」

「別に、確認するわけじゃないんだから、恥ずかしいなら偽名を使ってもいいと思うぞ。ほら、あれを見てみろ」

フィーが指差す方を見ると、ちょうどフェルトの前の参加者が受付で記入しているところだった。
グレイによく似た体格の、筋肉ムキムキの体をフリルでいっぱいのドレスで包み、金色の巻き毛を共布のリボンで飾っている。

「はい。タタリア出身の、マチルダ・ハーディさんですね。18番です。奥の通路をまっすぐに進んでください」

「はい。ありがとうございまぁすv」

野太い声で語尾にハートマークをつけた口調に、フェルトの意識が一瞬遠くなる。

「…ま・まちるだ…?」

「まあ、女の名前で何か適当につけたらいいだろう。でも、間違っても妙な名前をつけるんじゃないぞ」

例えば、フィーとか、ノインとか。念を押すフィーの視線の強さにたじろぎながらフェルトは頷く。

「う…わかっ…りました」



「では次の方」

そう呼ばれて、フェルトは一歩受付の方に近づいた。
一瞬、受付の女性が驚いた表情になる。

「えっと…参加されるのは…」

フィーは、ぐっとフェルトの背を前に押し出した。

「こっちだ。私はただの付き添いに過ぎない」

「そうですか。ではこちらに名前と出身をご記入ください」

「はい」

出身欄にエデンと書き、ついで名前を記入しようとして、フェルトは一瞬戸惑った。
女性の名前を書け、とフィーに言われたが、唐突に浮かぶ名前は限られてくる。

「まだ書いてないのか?」

「ちょっとまって」

ペンを動かしていないフェルトをフィーがせかす。

とっさに、一番書きなれた名前を書き入れ、フェルトは急いで紙を受付に差し出した。

「えっと…エデン?出身の『ヴィーゼ』・ブランシモンさんですね。19番です。奥の通路をまっすぐに進んでください」

「…はい。…ありがとうございます」

付き添いだったフィーの視線を背中に痛いほど感じつつ、フェルトは指示された通路に向かう。

(ヴィーゼ、ごめんっ!許してくれ…)

心の中で、名前を借りてしまった幼馴染に謝りながら…。

 




 

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