のぞむことはたったひとつ

 

希求 2

 



それは正確には戦の間ではなく、戦のあと占拠した遺跡の調査中に起こった出来事だった。調査を命じられたいくつかの小隊が数人ずつに分かれて遺跡の中を探っていた最中、そのうちの一人が遺跡に施された侵入者用の罠にかかり命を落とした。
そしてその場に居合わせた唯一の人物が、小隊長と共に遺跡を探索していたケイオスだった。

数年前に突然現れて軍に入り、その後は戦に出るたびに名を上げていった『殺人鬼』。

その異名は、戦のさなかにあっても激することのないひんやりとした眼差しと、向かってくるものならばたとえ非戦闘要員であっても、眉一つ動かすことなく剣を振り下ろすその姿からつけられ、帝国と敵対する者はもちろんのこと、味方であるはずの帝国兵士たちの間でも恐れられていた。
当時の戦の中心、あるいは幾多在る帝国の侵略先のひとつと言い換えたほうがより正しいその場所は、農業を主体とした古い小さな国で軍備も少なく、短い戦闘で帝国軍が勝利した。
けれどもその小隊の幾人かは、ケイオスが武器らしい武器を持たない者も切り捨てる姿を目撃し、戦闘後の調査に彼が加わった時にも重苦しい気持ちを抱いていたらしい。
それを増長させるように今回の『事故』がおこり、おなじ場所にいたにもかかわらず、かすり傷一つないケイオスの姿に、彼らは彼に対してある疑いをもった。
すなわち、ケイオスが故意に上官である彼、小隊長の命を奪ったのではないかと…。
しかし何の根拠も証拠もない、ただの憶測でしかないそれは本来ならば訴えても、軍の本部には相手にすらしてもらえない。
場合によっては逆に訴えでた者が処罰されかねないものだったが、なぜかその訴えは聞き届けられ、翌日には彼を拘束するに至っていた。


ある事情から皇帝に呼び出され、リーゼヴェルトから一時帝国本国に帰還していた『剛弟』ガラハドは、城を出たところで部下からその話を聞き、始終むっすりとした顔を形作る太い眉をしかめた。

「何を馬鹿なことを」

「はぁ…あの…証拠は確かにないんですけど、でも…『あの』ケイオスですし…」

ガラハドに注視され、彼に話しかけた兵士はぼそぼそと声を小さくする。
向けられる視線の圧力を感じて、最後はほとんど聞き取れないほどだ。
けれども『あの』という部分だけはわずかに力がこもっていた。
それに気づいたガラハドは心の中で嘆息する。

ごくまれに皇帝に謁見するためにガラハドは帝都へ帰還し、それ以外はずっとリーゼヴェルトに駐屯している。
しかしある時、帝都の軍の中にどこか懐かしい意匠の服を身にまとった少年の姿を捉えていた。
そしてそれがリーゼヴェルトの…かつて自分が旅した場所に程近いアルヒェの者がよく身につけるものであると気づくと同時に、周りに打ち解けようとしない彼の様子が印象に残っていた。

剣筋を見れば、その人となりがわかるという者がいる。
彼のものは我流で覚えた剣らしく、軍で指導される型とは異なる動きだが、動きそのものは迷いがなくどこまでもまっすぐである。
けれども、少しでも相手が隙を作れば容赦なくその隙を突くことはともかく、逆に罠を張って相手を誘うやり方は有効ではあるが、帝国軍人としてはあまり褒められるものではないとも思っていた。
確かに、彼の戦における行動については遠いリーゼヴェルトにあっても伝え聞いている。
それが真実だとしても今回のことは、ガラハドは濡れ衣だと考えていた。
被征服民に対しての軍部での扱いは改められることなく、平民と…帝国民となったものであっても、いわれのない差別を受けることがある。
そして現在平民であるケイオスも元々は被征服民であり、2年ほど前に階級が上がったばかりであったらしい。

「ガラハド様!どちらへ?」

話を聞き終わった後、先ほど出てきたばかりの城へ再び戻ろうとする剛弟の姿に、慌てた様子で青年が声をかける。
もしや、自分が言ったことが原因で何か問題が生じたのかと、顔色を変えている青年に気づきガラハドは言葉を返した。

「所用が出来た。私のことはかまわないから、お前は先に戻れ。…久しぶりの帝都だ、家族の者に顔を見せてやれ」

最後に付け加えた言葉に、立ち止まった青年の顔が赤くなるのを目に留めながらガラハドは城門をくぐる。

今日に限っていえば、出来るだけ早く部下たちを自由にしてやりたかった。
彼の部下の多くのものが、帝都に家族を残したままリーゼヴェルトでの職務についている。
今回のように帝都への帰還の機会が頻繁にあるわけではないから、家族と会えるのであればその機会を無くすようなことをするつもりはない。
会えるのであれば…。しかし、そう思うガラハド自身は今、家族と会うことは出来ない。
妻が亡くなり、彼を厭う娘が家を出て以来、…会うことはなかった。






「兄さんが?!」

いつも色々気遣ってくれる大家の言葉に、リエーテは伏せっていた体を勢いよく起こした。
まだ起き上がれるようになったとはいえ、体調は以前のようには戻っていない。
途端に体が悲鳴をあげて、リエーテはそのまま体を前に倒して苦しげに両手で体を抱きしめた。

「リエーテちゃん!」

慌てて老女がその体に手を添えて、苦しみを和らげようと小さなリエーテの体を何度もさする。

「…ありがとう…おばあちゃん。それで、兄さんは…」

痛みの波が過ぎ去り、リエーテは薄い掛け布の上から顔を上げると、心配して顔を覗き込んでいる老女に急く様に尋ねる。

数日前突然朝出て行ったきり戻らない兄に、リエーテはずっと不安だった。
どこに行くにしろ、何をするにしろ、具体的な内容を明かさなくても、兄は必ず出かける前にリエーテに声を掛けていく。
その際には出かける日数など律儀に伝える兄が、今回に限って忘れるなどないと思っていたのだ。

「さっき、下に食事に来ていたお客さんから聞いたんだよ。…もちろん、リエーテちゃんたちが暮らしてるなんて言わないよ。…なんだか、ケイオスさんは妙なことに巻き込まれているみたいでね…牢屋に閉じ込められてるって…」

聞くうちにリエーテの顔色が真っ青になっていき、それに気づいて老女は彼女に横になるように促す。

「おばあちゃん、兄さんはなぜ牢屋に…」

一体、兄が何をしたというのだろう。
極まれにしか部屋の外に出ることのできないリエーテはその理由がわからず、枕に預けた頭を撫でてくれる老女の袖を力の入らない手で引いてたずねる。
けれどもたずねられた老女も、軍規に詳しいわけではなく、リエーテは答えを得ることは出来なかった。





 



 

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