光差す場所へ

 

 

光差す場所へ
 

 


 

卒業式を終えて、新学期が始まるまでの短い期間。
それは、3年間過ごした学び舎を巣立つ若い錬金術士たちと、これからやってくる錬金術士の卵たちが時間の中ですれ違う、学園で過ごす日常の延長線上にある、少しだけ非日常なものだった。

ざわざわと落ち着きのない気配はそこかしこにあるのに、がらんとした寮の空き部屋の続く廊下には不思議な静寂があった。
もう大半の卒業生たちは荷造りを終えて、3年間共に過ごした級友との別れを惜しみながらも風の回廊を下り、故郷へ、あるいはそれぞれの思う場所へ向かっているだろう。
寮の階段を下りながら、ヴェインはぼんやりとそんなことを考える。
事実、ヴェインたちより一足早く、今朝アトリエ仲間であるフィロとニケが回廊に向かい、それをアンナたちと一緒に見送ったばかりだった。

「ニャー」
「サルファ。お待たせ」

荷造りの間、部屋を出ていたサルファが、寮から出てきたヴェインに気づいて近づいてくる。
陽だまりで寝ていたのか、しゃがんで触れたサルファの体はふかふかだった。
ぐるるる…と低い声で喉を鳴らし差し出された手に頬を擦り付けると、サルファはじっとヴェインの顔を見上げて、甲高く一声鳴く。

「うん、終ったよ。結構多くて、自分でも驚いちゃった。…先輩からもらった鉄アレイはどうしようかと思ったけど、何とか入ったし」

サルファの声に答えるヴェインは、大変だったとこぼしながらも、どこか嬉しそうだった。
1年目の秋の終わりにふと漏らした一言で、数ヶ月遅れの誕生日をフィロとニケとグンナルに祝ってもらった。ヴェインにとって初めてだったその出来事は、大切な思い出のひとつである。

「ミャア」

何度かサルファの体を撫でたヴェインが立ち上がると、つい、とその前を遮るようにサルファが体を擦り寄せてくる。

「わかってる。でも、もう一回だけ。ロクシスとの待ち合わせの時間も近いし、すぐに戻るから」
「マゥー…」

言い訳するように歯切れの悪い言葉に、サルファはしかたがないとでも言いたげに低く鳴くと、わずかにヴェインから離れて後ろに座った。

「ありがとう」

見送るサルファに小さく言って、ヴェインは校舎へと向かって歩き出した。


 


教室の扉と同じくらい重厚な、それよりやや小さな扉をヴェインは数回叩いた。
数ヶ月前までは担任の気のいい声で「はーい、開いてるよー!」などと返事があったのだが、今は何の反応もない。

「…失礼します」

小さく呟いてヴェインが扉を開けると、予想したとおり室内は無人で、目当ての人物の姿はなかった。
積み上げられた書類や本、こうも散らかっていてはガラクタ同然に見える錬金術の道具などはあいかわらずで、まるでこの場所の主人が自分たちであるかのように部屋を占拠している。
その中で半ば書類に埋まった机の上に置かれたペンが倒れていることに気づいて、机の傍に積み上げられた本の塔を倒さないように近づくとそっと元に戻す。
思わず、ヴェインは小さなため息をついた。
『…そういう台詞は、担任の先生にでも言ってあげなさい』
卒業式の前。苦笑を浮かべたイゾルデの言葉が脳裏をよぎる。
その式では、少し離れた場所で他の先生たちと一緒にいるゼップルの姿を見つけることが出来た。
しかし終った後でヴェインは彼の姿を見失ってしまい、日を改めて何度か教員室を訪れるなどして彼を探しているのだが、結局一度も会えないまま時間が過ぎていた。
あの時から避けられているとは分かっているが、できるなら、旅立つ前に一言だけ、伝えたいことがあったのに。

「ヴェイン?」

肩を落としてゼップルの部屋を出たところで掛けられた声に、ヴェインがふりかえると教員棟の入り口から歩いてくるロクシスの姿があった。

「あ…ロクシス。ごめん、もうそんな時間だった?」
「いや、別に呼びにきたわけじゃない。約束した時刻にはまだある」
「よかった…」

待ち合わせに遅れたかと慌てるヴェインの言葉に首をかしげて答えたロクシスは、その後安堵するように息をついた姿に目を眇めた。

「もしかして、まだ荷造りが終ってない…」

ヴェインは自分の言葉を誤解した彼の小言が始まる前に答える。

「ああ!それは大丈夫!ちゃんと終らせてるよ。…ロクシスはどうしてここに?」
「学園を出る前に、担任に一言挨拶をと思ってね。特に恩を感じることはないが、礼儀上必要だろう」
「そう…」

自分が何の気もなく言った言葉にヴェインが気落ちした様子を見て、ロクシスはふと視線を彼に向けた。

「君も、らしいが…どうやら会えなかったようだな」

「…うん。せめて一言だけでもって、思ったんだけど」

気弱な笑みを浮かべたヴェインに、内心でため息をつく。
その感情の矛先は、逃げ回っているヴェインの担任…ゼップルへと向かっている。
傍目からもヴェインを避けているのはあからさまだったから、そこまでヴェインが必死になって探してやる必要が相手にあるのかと、ロクシスは思わなくもない。

確かに、それまでただの生徒だった者がいきなりマナだったと言われて、恐怖が勝った気持ちは理解できる。だが多くのマナがそうであるように、自然界のさまざまな力を司る彼らは、自らの力を理解している節があり、不必要にそれを発揮したりはしない。
…マナを知る錬金術士ならば、その程度のことは理解しているはずだ。
ましてや、今のヴェインは何の力もなく…むしろ普段の調合や採取時の戦闘で使用していた無意識のマナの力すらなくなっている状態で、マナを持っていない普通の生徒となんらかわりがないというのに。

そこまで考えて、意識しないまま、教師と生徒という間に無条件の信頼関係を期待している自分に気づいて、ロクシスは憮然とした。
人間同士であるのだから、常に、など起こるわけがない。
ロクシスは浮かんだ考えを振り払うと、ヴェインを促すように少し離れた場所にある扉を示す。

「ロル先生の部屋はすぐそこだが、君も来るか?あまり時間をすごすつもりはないから、一緒のほうが後の用事に都合がいいだろう」

その言葉にヴェインの表情が明るくなる。
ロクシスの担任であるロルは、あの出来事のあとも態度を変えずに接してくれた数少ない教師である。

「うん。僕も挨拶に行くよ。ロル先生には戦闘学を教わったし」
「それ以外は教えようがないんだろう」
「まあ…座学じゃなかったね…」

ヴェインはロクシスのみもふたもない言葉に答えながら、彼の横に並んで歩き出した。
 




それまでロルはなんとか座禅を組んで精神統一を図っていたのだが、部屋のすみっこでもそもそと動いている物体にとうとう痺れを切らして、勢いよく立ち上がった。

「だあーーー!うっとおしいいい!いい加減に自分の部屋に戻れゼップル!」

卒業式あたりから、気づくとなぜか部屋の隅にもそもそと動くこの「物体」がいる。
叩き出しても放り出しても、なぜかすぐに戻ってくるゼップルに、ロルは半ばあきらめかかっていたのだが、部屋に漂う雰囲気に我慢の限界が来ていた。
ただ単にいるならともかく、妙にその一角が湿っぽいのだ。
物理的ではなく、比喩としてである。

あまりものごとを深く考えられない…考えないロルだが、その理由は気づいている。

「え〜〜そんな、ひどいこと言わないでよ。ヴェインに見つかったらどうしてくれるんだい」
「どうもこうもするか!むしろ見つかって来い!」

じとじと、と漂わせている湿っぽい空気を吹き飛ばすかのような一喝に、ゼップルは体をすくませる。
自分の部屋にゼップルが隠れている理由も、ヴェインがらみだとロルは知っている。
ついでに、彼が隠れ続けていることを知らないヴェインが、一生懸命探していることもだ。

「いやだよ、…怖いじゃないか」

ぷいっと、顔を背けたゼップルがポツリと零した言葉に、びしっとロルの額に青筋が浮かぶ。

「生徒をこわがる教師がいるのか」

「…ロルは怖くないの?ヴェインはマナなんだよ。それも希代の錬金術士、あのテオフラトゥスが創った」

ぼそぼそとゼップルが続けた言葉に、ロルはふんと鼻を鳴らす。

「あいつはあいつだろう。ヴェイン=アウレオルスという単なる生徒だ」
「だから単なる生徒じゃないって…」

弱々しく首を横に振るゼップルに、目を細めた。
ヴェイン=アウレオルスについてロルは担任であるゼップルほど知るわけではないが、何かあるごとに巻き込まれているのを見たことがあったため、記憶に引っかかっていた。

「校長からヴェイン=アウレオルスがマナだと聞かされる前、マナだと聞いた後、妙な岩のような建物から帰ってきた後、協会の人間を含めた『調査』の後、俺にはやつが何一つ変ったようには見えなかった。…お前も知らされる前までは普通に接していただろうに」
「それは知らなかったから!…知ってたら…」
最初から関わらなかったよ…。

「…呆れたやつだな」

口ごもったほとんど人に聞こえないほどの小さな声を、獣人特有の聴力で聞き取りロルは顔をしかめる。
それを聞いたゼップルの顔も、同じくしかめられていた。

「…それから、調査の結果ではやつは普通の人間とかわらない。現場に立ち会わなかったお前は確信が持てないのかもしれないがな。人造マナなのかもしれんが、力は消滅したか、元から持っていなかったか知らんがもう無い。この状況で、何を怖がっているのか俺にはわからんが、教師(お前)を探している生徒から逃げるのは止めろ」
「ボクにだってもうそれくらいはわかっているよ!だから会えないんじゃないか!」

一番最初は未知のマナに対する恐怖からだった。
だが、2回目からは別の恐怖にそれがとってかわった。
同じ、恐怖という感情。

それでも、根源とするものは別にある。




 

                                                 
【2】へ                   
 

【Back】