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ゼップルが叫び会話が途切れた時、ロルの部屋の扉が外からノックされた。
慌ててゼップルは立ち上がり、ぱふぱふと服の埃を払う。
「おう、開いてるぞ」
それに呆れた視線を投げかけながら、ロルが扉の向こうに声をかけると、「失礼します」との声と共に、担任していたクラスの生徒の一人であるロクシスが入ってきた。
ヴェインと同じアトリエの生徒の姿に驚きながらも、本人ではなかったと一瞬安堵しかけたゼップルだったが、背の高いロクシスのかげから姿を見せた教え子の姿に体を硬直させた。目つきの悪い友人の傍で、驚きに目を見開いたヴェインの顔を見ることが出来ず、とっさに顔を背ける。
そむけた横顔にさらに鋭い視線が向けられた気がしたが、どうにもできなかった。
「どうした?お前は留年組じゃないだろう」
「もちろんです。…今日こちらを出ますので、ご挨拶に伺いました」
即答したロクシスに、ロルは頷いた。
「そうか。他のやつらが来たのが結構早かったからな。3年間よく頑張ったな」
「ありがとうございます。先生のご指導の賜物です」
一礼するロクシスから視線を横に流したロルは、戸惑っている様子のヴェインに話しかける。
「それでそっちのヴェインはどうした?ゼップルなら持っていってかまわんぞ」
「ロル先生!」
いきなりの言葉にゼップルが声を上げたが、ロルは無視する。
ヴェインは面食らったようにロルとゼップルの顔を見たが、まずはここに来た理由を思い出したらしく言葉を続けた。
「あ、ええと、あの…それはあとで…、僕も、お世話になりました。ロル先生ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げたヴェインに、まさかそんなことを言われると思っていなかったロルは驚いたように目を丸くしたが、顔を上げた教え子に向かって頷いた。
「おお。これから大変だろうが、へこたれるなよ」
「はい」
嬉しそうに返事をしたヴェインを見ていたロルは、部屋を出ようとしていたロクシスを一度引き止めて、部屋の外に出るように促す。
つられてでようとしたヴェインを部屋の奥へ押し込むようにして、ロクシスと共に扉のほうへ向かうと、あたふたとし始めたゼップルを振り返って告げた。
「さて…、おいゼップル。しばらくヴェインと二人にしてやるからさっさと話を聞いてやれ」
慌てるゼップルと、戸惑うヴェインを残したまま、扉がぴたりと閉じられる。
二人きりになった部屋の中には早くも気まずい空気が漂っていた。
おろおろと落ち着きのないゼップルにすぐには声をかけられず、ヴェインは黙ったまま様子を見ていた。
せめてロルがいてくれれば、いや、自分ひとりでヴェインと向きあう状況にならなければ…と、考えていたゼップルも少し落ち着きを取り戻すと、その視線に気づいた。
気づいた瞬間、ゼップルは一瞬にして喉が干上がった気がした。
「…せ…」
動きを止めた姿にヴェインが話しかけようとした時、ふいに彼に向き直った。
「え、えっと。もしかして僕を探していた、とか…?」
ぎこちない、かなり無理をしていることがわかるほどに表情はこわばったものだったが、笑顔を向けたゼップルに、ヴェインは戸惑うように頷いた。
イゾルデに怪我を負わせた頃と同じように、こちらを…自分を見てくれないのではないかと思っていたから。
「…は、はい…あの…」
「いやー悪いね。実はこのところ忙しくって、とても一所に長くいられないんだ。この後も色々用事があってできれば話は後にしてもらえると助かるんだけど」
だが、ヴェインが抱いた淡い期待に似たものは、彼の目を見た瞬間に消えてしまった。
話しかけながらも、ゼップルは一度もヴェインの顔を正面から見ようとはしなかった。
目を合わせることなく、しどろもどろになりながら、まるでヴェインから話しかけられることを恐れるように早口になっている。
「お忙しいところ、すみません。でも今日、僕もロクシスと一緒にここを出るので…」
「ああ、そうなのかい?じゃあ、君も忙しいだろうし、ムリに今しなくてもいいよ。話はまた今度で…」
ヴェインはゼップルの言葉の合間をついで、なんとかそれだけでも言おうとしたのだが、途中で遮られてしまう。
言いながら扉のほうに向かって歩き出したゼップルを引きとめようと、慌ててヴェインは手を伸ばした。
「ちが…待ってください…!」
しかしゼップルの体に手が触れる前に、彼に振り払われることを恐れて止めてしまった。
その代わりに、どうしても伝えたかったことを、彼の背中に向かって叫ぶ。
「――――先生、ありがとうございました!」
その言葉に、ドアノブを握ったゼップルの手がびくりと震えた。
「何でお礼なんか…」
扉を見つめたままのゼップルの呟きに、ヴェインが「それは…」と言葉を続ける。
「それは…今、僕がこうしていられるのは、先生のおかげだから、です」
すべてのきっかけは、数年前の出来事だった。
サルファと二人きりで、めったに人間が足を踏み入れないような山奥で暮らしていたヴェインの元にやってきたのが、ゼップルだった。
それまで人から疎まれたり、怖がられたりするばかりだったヴェインに対して、気さくに話しかけ、笑顔をむけてくれた。
それは彼の金色の髪もあいまって、本当に日の光のように明るく温かく感じられるものだった。
『…望んだからといって、必ず手に入るものじゃないんだよ。錬金術士にとってマナというのは特別な…』
ヴェインが街の人間から怖がられる原因ともなった、マナの力の発端である能力についても、恐れる様子も無くむしろ凄いことだと褒めてくれさえした。
たとえそれが、彼自身の勘違いによってもたらされたものであったとしても。
ゼップルが来なければ、いまでもあの山の中でサルファと二人で暮らしていた。
…そしておそらくはそう遠くないうちに、独りになっていた。
『錬金術』についても、『父親』についても何も知ることなく、ましてや友人たちに会うことなどなかっただろう。
けれど今の自分は、父を、自分自身を知り、彼の学んだ錬金術を同じく学び、心を許せる大切な友人たちを得た。
そのきっかけとなった人に対して、ヴェインには他に伝えたい言葉は思いつかなかった。
「学園を出る前にそれだけ、どうしても伝えたかったんです。…引き止めてしまってすみません」
「そ、そう。…わかった。ありがとう。気をつけて」
背を向けたままの担任の言葉に、ヴェインは淡く口元に笑みを浮かべて答えた。
同時に目を潤ませている彼の表情を、ゼップルが気づくことはない。
「はい。先生もお体に気をつけて」
「あ…ああ…うん…」
背中にヴェインの視線を感じながらも、結局振り返ることが出来ないまま、ゼップルは部屋を出た。
部屋を出たとたん、廊下の奥に立つロルとロクシスの姿を見つけてぎくりと体をこわばらせたが、何も言わず通り過ぎると足早に自分の部屋へと消える。
「ヴェイン」
その後しばらくしてロルの部屋から出てきたヴェインは、ロクシスの声にうつむいていた顔を上げた。
何かを堪えるような目に、ロクシスは問いかけた言葉を口の中で消す。
だが隣のロルは躊躇することなく尋ねた。
「言いたいことは言えたか?」
「はい。たぶん…」
言葉を濁しながらも、そう答えたヴェインにロルは「そうか」とだけ頷いた。
「うわっわ…っと…とと…」
部屋に入ったとたん、入り口近くの本の山に突っ込みかけ、それを避けようとして別の書類の山に倒れ掛かった。
「ああ――、もう…」
ばらばらと半端に崩れたそこに背を持たせかけ、自らの失敗に思わず唸る。
「なさけないったらありゃしない…」
言ったとたん、ゼップルはむぅっと顔をしかめる。
無意識に図星を言い当ててしまったような嫌な気持ちだ。
ずっと逃げることが出来ていたのに、最後の最後になって。
「…たった、3年間じゃないか…」
離れて、時間が経って、そうしてお互いに忘れて。それを望んでいたのに。
血まみれになったイゾルデと、彼女をそんな目にあわせたのが、『テオフラトゥスの創ったマナ』のヴェインだと知らされて、恐怖が勝った。
自分にすがるような視線を向けていた教え子が、突然得体の知れない化け物に変ってしまったような…いや、最初からマナだった…のか。
『先生のおかげなんです…』
「あれも、言葉をかえれば、僕のせいだっていうことかな…」
そう、自分が彼をスカウトさえしなければ。
イゾルデが怪我を負わず、学園もあんな危機を迎えることなく…。
「正体」を知られず、それによって疎まれることもない…命を狙われることもない。
「君は、気づいているのかな、ヴェイン」
気づかないはずはないだろう、ほんの数ヶ月前にいやというほど体験したはずだ。
担任である自分も現場に立ち会えといわれていたが、なんやかやと理由をつけて結局一度も参加しないままだった。
教え子である生徒が、実験動物のように扱われる様を、わざわざ見たくなかった。
教師としてその場にいれば止めることもできるだろうと思ったが、同時に教頭が同席すると知っていたから、度が過ぎるものは…きっと彼女がそんなことを許さないだろうと分かっていたから、…自分が行かなくてもいいと、言い訳をしていた。
ふっと、ロルに言われた言葉を思い出して、ゼップルは顔をしかめた。
ため息をついて、体をのけぞらせ、書類の塔に頭を押し当てる。
君は安心したかもしれない。普通の人間となんらかわりがないと言われて。
でも少なくとも学園の外からそこに集まった人たちの多くは、そんな結果を望んだりはしていなかった。
夭折した錬金術士テオフラトゥスの作り上げた人工マナ。
たとえ半信半疑だったとしても、誰もなしえなかった「それ」を自らの手で調べようとする気持ちは、おそらく彼らの誰の中にもあった。
ヴェイン、君は…「人と変らない」そう結論付けた声に、不満や失望が含まれていたとは、思いもしないだろう。
【3】へ |