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「ヴィーゼ、イリス。ただいまー」
フェルトが外から帰ってきて扉を開けると、部屋の中に決まった音が響く。
調合をしているヴィーゼから少し離れた場所にいたイリスが、ぱたぱた…と彼女に走りより、ぴたっ!と音が鳴るのではないかと思うほどぴったりと彼女のスカートに張り付いて隠れてしまう音だ。
「…おかえり、フェルト」
もうすでに習慣のようになってしまっているものの、やはり気まずいのだろう。
複雑な表情を浮かべているフェルトに向かってかけるヴィーゼの声には苦笑が混じっている。
「ほら、イリス」
ヴィーゼに促されて、こっそりとスカートの影から顔を覗かせたものの、言葉が上手く出てこないらしい。
「…りなさい」
それでもようやく小さな声でイリスがフェルトに向かって答えると、フェルトはにこっと笑って答える。
「ただいま」
けれどもそう答えた瞬間、顔を赤くしてヴィーゼのスカートの影に再び隠れてしまったイリスの姿に、フェルトは「えーと…」と言葉を濁す。
3人で暮らすようになって3週間を過ぎても、イリスのフェルトへの人見知りは直っていなかった。
「…俺イリスに嫌われてるのかなぁ…」
夜になってイリスが眠ってしまったあと。
ヴィーゼの入れてくれたお茶を飲みながらフェルトがぽつりと呟いた。
その言葉を聞いたヴィーゼは慌てたようにぱたぱたと片手を振る。
「そんなことないよ!まだ慣れてなくて、人見知りしてるだけだよ」
「まだって…もう3週間だぞ?しかも一緒に暮らしてるのに」
「それはぁ…んー」
ヴィーゼとイリスが仲がいいだけに、自分だけ除け者にされているような妙な疎外感があるのだ。それに、人見知りする態度だけではなく、フェルトにはもうひとつ気になることがある。
「それにまだ『フェルトお兄ちゃん』だし」
「…? なぁにそれ?」
すねた口調で呟くフェルトに、ヴィーゼはきょとんとたずねる。
その顔を見つめながら、フェルトはぶつぶつと口ごもるように説明する。
「ヴィーゼが『おねえちゃん』で、俺だけ『フェルトお兄ちゃん』なんだよ」
「うん。フェルトがいないときにも、ずっとそう呼んでたよ」
フェルトのこだわりがわからないヴィーゼはこくんと頷いて答える。
「…ヴィーゼだけ『おねえちゃん』はずるい。俺だって家族なんだから『おにいちゃん』って呼ばれたい」
「あのねぇ」
こどもっぽい口調で、これまた子供な要求をするフェルトにヴィーゼは笑う。
「あたしだって最初は『ヴィーゼおねえちゃん』だったよ。だからもうしばらくしたら、自然とそう呼んでくれるようになるから。大丈夫だよ」
空になったカップにおかわりのお茶を注ぎながら、ヴィーゼはフェルトをなだめる。
「ん〜」
けれども、まだ不満そうな声を漏らすフェルトに、ヴィーゼはくすっと笑って、そっとその顔を覗き込んだ。
「じゃあ、かわりにあたしが呼んであげようか?『おにいちゃん』って」
イタズラっぽく、可愛らしい声音でそう告げたヴィーゼにフェルトは目を見開いて、不意に目を細めた。
そのまま顔を、にこにこと微笑むヴィーゼのほうへ近づけて軽く、唇をついばむように口付ける。
「兄妹だとこういうことができなくなるから、ヴィーゼは名前のままでいいよ」
不意打ちの行動に顔を赤くして口を押さえたヴィーゼを、頬杖をついて眺めながらフェルトはにっこりと微笑んだ。
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