Dear my little…sister?

 

 

Dear my little…sister? 1

 



 

穏やかな日差しの暖かい、昼下がり。
ヴィーゼはその日、ノイアールの知り合いから頼まれた依頼を次々にこなしていた。

「後はヤッケからの注文品、リフュールポット4つだったよね。」

最近多くなり始めたという、エデンの外からのお客さんからの注文らしい。
明日ヤッケが注文先に届けるというのでヴィーゼは出来上がったらそのままお店に届ける約束をしていた。

「はいっ!がんばります〜」

ラベンダー色のふわふわの髪を揺らして、ニンフがヴィーゼの傍に姿を見せる。

「じゃあ、よろしくね」

にこりとニンフに向かって笑顔を見せたヴィーゼが言うと、ニンフは彼女に頷く。
そして目を閉じて、ふわりと両手を調合鍋にかざした。

「二人ともがんばれ〜」

「ぽよぽよ」

ヴィーゼが調合を始めると工房内に自然とマナたちが集まってくる。
今日は調合を手伝ってもらうニンフに加えて、ニンフと仲のよいドゥルと、幻のマナ、ファウスタスが珍しく姿を見せていた。声援を送るドゥルの傍で、何をするでもなくふわふわと浮かんでいる。

「あとすこしですぅ」
「うん」

アイテムが出来上がる間際に放つ淡い光が鍋の表面に浮かび始めた。
それを覗き込んでニンフがヴィーゼに告げると、ヴィーゼもそれを確認し頷く。
アイテムそのものはもう完成している。しかしそれを安定化させるための処理が最後に必要だった。
仕上げに取り掛かるため、ニンフが目を閉じてさらに力を集中させる。


しかし普段であればすぐに収まるはずの光が、今日は消えなかった。

「えっ!?」

いつもと違うことに気づいたヴィーゼが驚きの声を上げる。
その次の瞬間、調合鍋の表面がボワンと大きな音を立てて爆発した。



「けほっ…みんな、大丈夫?」

工房内に広がったピンク色の煙に咳込みながら、ヴィーゼはあわてて確認する。

「大丈夫です〜」
「ヴィーゼは大丈夫?!」

「うん。大丈夫」

ドゥルと、調合鍋に一番近かったニンフが答える。ファウスタスも返事はしなかったが、部屋の隅でふわふわ浮かんでいる様子を見るとなんともなかったようだ。
窓を開けて工房内の換気をした後、ヴィーゼとニンフとドゥルの3人はおそるおそる鍋の中身をのぞく。

「…できてる?」

呆然と呟いたのはドゥルだった。
てっきり焦げていたりリフュールポットとは思えない何かになっていると思っていたその中身は、いつもと変わらない淡い紅色の液体だ。

「う〜ん」

それを前にして、ヴィーゼは悩む。
見た目はいつもと変わらないものの、先ほどの爆発がある。もし変なものができたのだとしたら、これをヤッケに渡すのは難しいだろう。

「…試してみようか」

依頼品は4つだったが、何かに使うかもしれないとあらかじめ多めに作っていた。
一口飲んでみて問題がないようなら、ヤッケに届けてもいいだろう。

「ヴぃーぜさぁん」
「ヴィーゼ、大丈夫なのかい?」

「ちょっとだけだから、大丈夫だよ。変だと思ったら飲まないから」

心配する二人の傍で、ヴィーゼは小さなコップに鍋の中身をほんの少し注ぎ、匂いを確認した後一口口に含んだ。
はらはらと見守る二人に少し笑って見せて、中身を干す。

「…」

「ヴィーゼ?」

「うん。大丈夫。問題ないみたい」

「よかったぁ」

おそるおそるたずねたドゥルにヴィーゼが答えると、マナの二人揃ってほっと息を吐いた。







ヤッケの店にリフュールポットを届けた次の日。

「きゃぁああ―――!」

ついたての向こうで上がったヴィーゼの悲鳴に、いつもは寝起きの悪いフェルトがベッドから飛び起きた。

「ヴィーゼ、イリス!?」

あわててベッドから降り、イリスとヴィーゼのベッドを覗く。
そしてそのまま、フェルトは目の前の光景に体を固まらせてしまった。


フェルトの視線の先には、二人の少女がいた。1人は彼の妹であるイリス、そして…。

「…ヴィーゼ…?」

にしては小さい。

しかし髪の色といい、涙に潤んだ瞳の色といい、ずっと一緒にいた幼馴染と同じものだ。
ただその姿は少なくとも、10年以上前の彼女のもののように思えた。

「フェルト…どうしよう、あたし…」

フェルトの姿に気づいたヴィーゼが、ベッドに座り込んだまま彼を見上げる。だぼだぼの夜着のえりが肩からずり落ちそうになっていた。

「小さくなっちゃったみたい…」

呆然と呟いたヴィーゼのその幼い姿に、不謹慎ながらフェルトはひとり赤面していた。




とにかく夜着から服を着替えると、フェルトとヴィーゼは急いで枢機院に向かった。

「…ということがあったので、おそらく原因はそのリフュールポットだと思います」

「わかりました。では早急にヤッケからリフュールポットを回収しましょう」

「お願いします」

昨日からの説明をヴィーゼから聞きクロイツが他の枢機院員に向かって指示を出すさまを見て、ヴィーゼはちょこんと頭を下げた。
そのヴィーゼの姿に、クロイツは複雑そうな表情を浮かべる。

「残る問題はヴィーゼですね…」

呟いたクロイツの言葉に、フェルトがたずねる。

「枢機院長、なにかいい方法をご存知ですか?」

向けられた二対の期待を込めた眼差しに、クロイツは申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「申し訳ありませんが、このような状態になったものを見たことがないので…」

「そうですか…」

「ただ、ヴィーゼが口にしたのは一口分。量としては微量です。ならばその効果も、それほど長くはないでしょう」

「様子を見たほうがいい、と?」

フェルトがたずねると、クロイツが言葉を続ける。

「ひとつの方法としてです。何の効果で起こったのかわからない以上、やみくもに他の手段を試して、さらに別の問題を引き起こさないとも限りませんから」

「わかりました。少し、様子を見ることにします」

クロイツの言葉にヴィーゼが頷く。
昔の幼い頃を思い出させるその姿に、クロイツが青いワンピースを目に留めた。

「…その服は、イリスの?」

「はい。…他に適当なものがなかったので」

服は何とかイリスの服を着ることが出来たが靴はどうしても合わなかったため、それまでのものを履いてきていた。
ただ、歩きづらい上に転んで危険だということで、枢機院まではフェルトが恥ずかしがるヴィーゼをなだめて、抱き上げて運んできていたという。
赤面するヴィーゼに、クロイツはすまないとは思いながらも、口元に笑みを浮かべた。

今は随分大人びて成長してゆく彼女たちの姿にクロイツは喜びを覚えていたが、時折、子供が手元から離れてゆくときの親が感じるような一抹のさびしさを感じるときもあるのだ。
それが突然、幼い可愛らしい盛りの頃に戻って目の前に現れたのだから、懐かしい気持ちも手伝って、いとおしさを感じる。

「今は落ち着いているつもりでも、おそらくまだ精神的に緊張していると思います。今日は家でゆっくり休みなさい」

「ありがとうございます」

ヴィーゼの返事に頷くと、クロイツはその傍に立つフェルトにも声をかけた。

「フェルト、ヴィーゼを頼みましたよ」

「はい」

 

 

 

 

ふたりで枢機院から戻ってきた後、さっそく食事を作ろうと台所に向かったヴィーゼを、フェルトがあわててとめた。

「ヴィーゼ、家のことは俺がするから。休んでいろよ」

「そういうわけにはいかないよ」

ヴィーゼはイリスに頼んで踏み台になりそうなものを探してもらう。自分もいくつかの台を運び、足場を作ると、その上に乗って、水の蛇口に手を伸ばした。

「クロイツ枢機院長もそう言ってたろ?」

「でも、具合が悪いわけじゃないもの!」

「…お姉ちゃん」

二人の様子を見守っていたイリスがヴィーゼを呼ぶ。その声にはっとして、ヴィーゼは声を落とした。

「…ごめん。大きな声出して」

再び声をかけようとするフェルトを遮るように、ヴィーゼはイリスに声をかけた。
庭のハーブを取ってくるように頼むと、再び食事の準備を始める。

「ヴィーゼ」

しかしやはり体が小さくなった分、うまく動くことができずなかなか準備が進まないらしい。
普段の滑らかな動きには程遠いぎこちないそれに、フェルトが声をかけた。

「今日一日くらい、何もしなくても平気だよ。それよりヴィーゼのほうが…」

言いかけたフェルトの言葉を遮りヴィーゼは努めて明るい口調で答える。

「大丈夫。いつもどおりにできるよ」

しかしその声に無理を感じ取ったフェルトが眉をわずかにしかめた。

「ヴィーゼ。…っ! 危ない!」

フェルトが言いかけた瞬間、水場の奥にあるものを取ろうとしたヴィーゼの足場が崩れて、彼女の体が後ろにのけぞった。
そのヴィーゼを背中から抱きかかえるように、フェルトが抱きとめる。
勢いと、低い位置で抱きとめたために、フェルトはヴィーゼを抱いたまま床にしりもちをついた。

「フェルト、大丈夫?!」

心配するヴィーゼに、フェルトはしりもちをついたときの痛みを顔に出さないまま、たずね返した。

「ああ。ヴィーゼは?」

「平気。フェルトが抱きとめてくれたから」

その答えに、フェルトはほっと息を吐いた。
抱かれたまま背後のフェルトを振り返るヴィーゼに笑ってみせる。

「よかった。…ヴィーゼに怪我がなくて」

しかしその言葉に、フェルトを見つめたヴィーゼの表情が曇った。

「どうして怒らないの?」

「ヴィーゼ?」

「フェルトの言うこと聞かなかったから、危なくなったのに」

小さな手が、きゅっとフェルトの腕を掴む。いたたまれなくなったようにヴィーゼは顔を正面に戻し、フェルトから視線をそらした。

「八つ当たりだよ。こうなったのは自業自得だってわかってる。でも、アイテムをうまく作れなくて、その上お家のことまでできないなんて、…役に立たなくなっちゃったみたいで、すごく悔しいの」

俯いた少女のわずかに震える髪を見つめて、フェルトは両腕でヴィーゼの体を抱きしめた。
立てた膝の間に座り込んだ幼い体は、すっぽりとフェルトの腕に包み込まれて、短い赤い髪が、フェルトの顎をくすぐった。目を閉じたフェルトが呟く。

「…ヴィーゼが役に立ってないなんて、あるわけないだろ」
「でも」

「アイテムはたまたま、だよ。家のことは確かに今のままじゃできないこともあるかもしれないけど、できることだってあるだろ」
「…」

「それに、俺に八つ当たりしてもいいよ。ヴィーゼ、めったにそんなことしないもんな。…泣かれるより、ずっといい」
「フェルト…」

きゅっと力のこもった腕にヴィーゼが顔を赤らめる。


…しかし、そのとき階段をのぼる音に、二人ははっと自分たちの状況に気づいた。

「「!」」

ヴィーゼはあわててフェルトの腕から抜け出すと、立ち上がってぱたぱたとスカートの埃を払う。
フェルトが床から立ち上がったとき、タイミングよくイリスが階段から姿を見せた。

「お姉ちゃん!取ってきたよ」

「ありがとう、イリス」



ヴィーゼがイリスからハーブを受け取る横で、フェルトはなぜか奇妙に気まずい思いを抱いて、頬を赤くしたまま口元を手で覆っていた。





 

                                                 
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