ばかっぷる

 

 

その日の学園 

(萌茶ろぐ・お題『学園』)

 




ヴェイン=アウレオルスは、高名な錬金術士を父を持つとの前評判どおり、真面目で優秀な生徒だった。
きちんと課題をこなすことはもちろん、授業の予習を怠ったことがないようで、授業で当てられてて自信無げな態度であっても彼の答えるそれは、大概教師の期待に沿うものだった。
だが…その日に限っていえば、彼の様子は『かなり』いつもとは違っていた。
 


…その教室からは一人の生徒の名前を呼ぶ声が響いていた。
「…ルス。…ているの…」

「ヴェイン君! 呼ばれてるよ!ヴェイン君!」
「え?あ…なに?フィロ」
ぼんやりと授業を聞いていたヴェインは、フィロに袖を引かれて、彼女のほうを見た。
いつも朗らかな笑顔をヴェインに向けてくる彼女は、今はなぜか焦ったようにちらちらとヴェインと、彼女の正面に交互に視線をさまよわせている。
ヴェインはフィロの行動の理由がわからず、戸惑うような顔を浮かべている。
そんなヴェインの様子にさらにフィロの表情が切羽詰ったものになったのだが、彼は気づけなかった。
「私じゃなくって…ほら!」
「ヴェイン!」
「ははは、はいっ!」
立ち上がった瞬間に、ガタン!と大きな音を立ててヴェインの座っていた椅子が後ろにひっくり返る。
いきなり頭上で名前を呼ばれて反射的に立ち上がった状況のまま、ヴェインは『ぎぎぎっ』と音がなりそうな動きでその声の主を仰ぐ。
獅子の姿に似た、獣人族の教師…ロルの顔がそこにあった。
「ヴェイン、安全に探索を行う上で求められることは?」
「周囲の状況の認知を怠らない…注意力…ですか?」
「教室の中だからいいが…外ではするなよ。命が幾つあっても足りないからな」
 


「ヴェイン君、どうしたんだろぅー」
「昨日、寮に帰るときはなんとも無かったのになぁ…」
お昼時、食堂に待ち合わせたフィロとニケは今朝からのヴェインの異常に首をかしげていた。
課題の忘れ物をするし、先生に怒鳴られるまで呼ばれてることに気づかないし、呼んでも呼んでも、ぼーーと暗い表情で窓の外を見ていたりするし。
ちなみ彼女たちはよく彼と一緒にお昼を食べるのだが、授業が終わったあとヴェインはふらふらとどこかに行ってしまい、仕方ないので今日は二人で食べている。
その途中、フィロが食堂に入ってくる見慣れた金髪の少年を見つけて、ひらひらと手を振った。
「あ、ロクシス君だー。おーい!」
「お!ちょうどいいや、アイツに聞いてみよ。男子寮だし何か知ってるかも」
ぱくんっと食事の唐揚げを飲み込んで、ニケも彼を手招く。
呼ばれた少年は一瞬、そのまま食堂を出て行く気配を見せたが、二人がしつこく名前を連呼すると逃れきれないと思ったのかしぶしぶと近づいてきた。
「なんなんだ。いったい…」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」
「聞きたいこと?君たちが私に?」
ニケの言葉に露骨に胡散臭そうな表情を浮かべたロクシスだったが、話がヴェインのことになると急に興味を示してきた。だが、ニケとフィロの予想に反して、ロクシスは何も知らなかった。

「え、ヴェイン君〜?そういえばあおーい顔してアトリエのほうに行ってたけど?」
「ん?ヴェイン? 俺様は忙しいからな。四六時中お前たちの行動を知っているわけではないぞ」
「…フ、ヤローノコトニ、キョウミハナイ」
「ヴェイン先輩!? ええ!そんなこと!?…わかりました!一緒に探しましょう!」

フィロとニケを起点として、アトリエメンバーを巻き込んで。
かくして、謎は深まった。


「ああ…どうしよう…」
その発端となったヴェインはひとり、校庭に来ていた。
授業があるはずなのだが、それすらももう気がついていない。
ふらふらと…まるで熱にうかされたように歩きながら、なぜかその手には小さな小さな紙袋を持っていた。
「見つからなかったら…僕…」
うつむくヴェインの表情が徐々に暗くなる。
もともと、普段から明るいとはいえない表情なので、そうなるとよりいっそう近づきがたい。
「なんであのとき止めなかったんだろ…そうしたら…」
なにか思い出したのか、ヴェインの目が潤む。
そのとき、がさっと音を立てて、校舎に続く茂みが揺れた。
はっと表情を変えたヴェインの前に、彼の予想に反して、アトリエの仲間が飛び出してきた。
「いたぁ!」
「見つけました!先輩方こちらですー!」
「なんだ…ニケとアンナか…」
あからさまに落胆したという声に、ニケが「がっ!」と噛み付く。
「なんだはないでしょーー!探してあげてたのに!」
「ヴェイン先輩。いったいどうしたんですか?授業をサボるなんて先輩らしくありません」
ニケとアンナが交互にヴェインに向かって話しかけている間に、彼の周りにはアトリエのみんなが集まってくる。
「……」
「……」
「…帰ってこないんだ…」
「…?何が?」
帰ってこない…というと人を思い浮かべるが、彼らの知る彼の親しい人間は、自分たちぐらいだろうと理解している。だから、「何」と聞いたのだが…続く言葉に、彼らは絶句した。
「朝からサルファが帰ってこないんだ…!」
「朝って…今朝?」
こくこくとヴェインは頷く。
ああ、なあんだ。とがっくりと脱力する皆の前で、ヴェインはそれはそれは切なそうに手の中の紙袋を見つめる。
「最近、課題が忙しくて一緒に夜の散歩とか出来なかったし、昨日の夜も生魚食べたいっていってたんだけど、調合で使っちゃったから駄目だって言っちゃって…そうしたら、今日朝目が覚めたらいなくなってたんだ…」
かわりに「カリカリ」と「極上缶詰」用意したのに…サルファ…。
いくらヴェインの家族同然といっても、さすがに数時間姿が見えないだけでその反応はないだろう。
見るからにヴェインの反応は「失言で怒らせた彼女に出て行かれた彼氏」というか…。
すくなくとも、『猫(マナ)』に対する態度ではない。…と一名を除いて皆思った。
その残る一名…。
「その気持ちはよくわかるぞ…ヴェイン!」
うんうんと頷きながら、ロクシスはヴェインの手をしっかりと取っていた。
誰にも話せていないが、校庭の白い子悪魔(猫)に魅了されている彼にとって、ヴェインの言葉は人事とはとても思えなかった。もし彼女が自分のせいでいなくなったりしたら…。
そう考えると気が気ではない。おそらく自分もヴェインと同様になってしまうだろう。
「ロクシス…わかってくれるんだ…」
理解者が現れたことに、ぱあっと一瞬だけ、ヴェインの表情が明るくなる。
それに対して、ロクシスが何事か答えようとして…顔を引きつらせた。
ヴェインの表情が一気に明るくなる。
「サルファーー!!」
「ミャアオン(帰ったぞ、ヴェイン)」
しっかりとロクシスの背中に爪を立ててよじ登り、ヴェインの顔をのぞきこみながらサルファが告げる。
「どこいってたの!心配したんだよ!」
手を広げたヴェインにむかってサルファが軽くジャンプすると、すぽっとその体が綺麗に腕の中に収まる。
「ミャ、ミャオン(朝言っただろう。魚を食べに行っていたんだ。他にやることがあったようだし、ヴェインにばかり苦労掛けるのは悪いからな)」
「え?そうなの?僕全然気づかなかったよ。…僕が魚あげないって言ったから怒って出て行っちゃったのかと…」
「マーゥ(馬鹿だな。俺がそんなことで怒るはずないだろう)」
「だよね。ごめんねサルファ」
「ミャン(謝る必要などないさ)」

そのラブらぶな様子を傍から眺めていた彼らは、ふぅーーーと大きなため息をついた。
サルファの踏み台にされたロクシスはよほど強烈に爪を立てられたのか、まだ芝の上に手をついたままである。
「行こうか…もう大丈夫みたいだし」
「だねvよかったねvサルファ君が見つかって」
「あかるくいえるフィロって凄いなーって…時々思うよ」
「そう?」
「…ちょっと…いえ…大丈夫です。そうですね。これでよかったんですよね」
あははは…と乾いた笑いを浮かべながら、何事も無かったかのように一同はきびすを返す。
「まってくれ…誰か手を…」
一人残されたロクシスが去って行く彼らに手を伸ばしたが、だれも止まってはくれなかった。
 


ちなみに、その日の午後の授業については、なかよく皆補習ということになり、…後日その課題に悲鳴を上げることになるのだが…。

「じゃあ、今日の夕飯は「かりかり」と「缶詰」どっちがいい?」
「ミャー(そうだな…「缶詰」がいいな)」

一人と一匹を含む彼らは、全然気づいていなかった。



 



 

                              【終】                   
 

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