|
その日も、みんなで集まったアトリエで、フィロが調合釜を爆発させたり、ニケが拾い食いをしてロクシスに解毒剤をねだったりと…夕方まで何事もなく過ごしていた。
そしてそこには珍しくグンナル先輩もいて…本当に珍しく『静か』だったから、僕はちょっと怖かった。
また、なにか突拍子も無いことを言い出しそうな気がして…。
ああ、嫌だな…。考えないようにしないと…。
先輩が静かなのは、気のせい。
先輩と目が合ったのも、気のせい。
先輩が僕のほうに近づいてくるのも、気のせい。
先輩が僕の肩に…。
「ヴェイン!」
先輩の声が頭上から降ってくる。
僕はわざとそらしていた顔をゆっくりと上げた。
ああ、やっぱり。
「…はい」
しぶしぶ、返事をする。
そこには、何かたくらんでいそうな笑顔の先輩の顔があった。
「話がある。少々顔を貸せ」
「ここじゃ、駄目ですか?」
駄目もとで訊いてみたが、やはり却下だったようだ。
「バカモン!これは男同士のひ・み・つ。というヤツだ。他のものに聞かれたらどうする!?」
…どうもしやしないと思うんですが…僕は思わず小声で呟いてしまった。
でも先輩は僕の言葉を聞いていなかったらしくて、「行くぞヴェイン!」と一人突っ走って行ってしまう。
仕方なく僕は、先輩のあとを追いかけてアトリエを出た。
廊下に出たところで、サルファが後ろで「ふぅ」ってため息をついたけど、僕もため息をつきたい…。
…あと先輩、その「ひ・み・つ。」って区切って言うの止めてください。
ピターン、と雫の音が部屋の壁に反響している。
怖くはないんだけど、地下室ってあんまり好きじゃない。
サルファもベタベタした床が気に入らないみたいで、今は僕の肩に乗っている。
何でこんなところに、いるんだろう…。
「さて、来てもらったのは他でもない、ヴェイン隊員」
「2号です」
「はっはっは!細かいことは気にするな」
「…いや、だから、最初の2号も先輩のほうから言い出したことで…」
先輩の言葉に思わず訂正してしまって、後悔した。
まるで僕が進んで正義の味方になってるみたい…。
それに、応えた瞬間に、先輩がしてやったりとばかりに「にやっ」と笑った気がして…ああもう、どうして僕は…。
そんな風に僕が考えている間も、グンナル先輩の話は続いていたらしく、サルファが気を利かせて尻尾で頬を叩いて気づかせてくれた。
「え?秘密特訓?」
「うむ。やはり正義の味方というもの、特訓のひとつやふたつしなくては!」
いつのまにそんな話に…。
そう考えながら、先輩に仕込まれた「ポージング」や「決め台詞」の数々が頭をよぎった。
なんだか、急に疲れた僕に対して、先輩は凄く元気だ。
「東の赤い忍者しかり、トラの皮をかぶった男しかり、跳ねる本の主人公が皆これでもかといわんばかりに同じ山麓の森に行くことしかり!」
…ちょっと話についていけない。
「ということでだ、ヴェインよ」
はっはっは、という高笑いを収めて、先輩がひたっと僕の顔を見る。
「まずはその内容を考えようではないか」
できれば…決めてから呼んでください…。
そう思った僕に気がついたのか、サルファがこっそりと耳打ちしてきた。
「ニャー(ものは考えようだ。今なら内容も変えられるぞ)」
いつもは先輩が考えたことに巻き込まれるだけだったから、サルファにそう言われてやっと気づいた。
そうか、今なら、僕が考えてもいいんだ。
「はい、わかりました」
だからそう答えたんだけど、結果として僕は言わなきゃよかったって後悔した。
だってこのあと…。
「荒行です!」
自信満々に答えてくれたのは、アンナだった。
もうアトリエにはあまり人はいなくて、ロクシスとパメラとアンナしかいなかったせいもあるんだけど。
ロクシスも呆れながらだったけど相談に乗ってくれたし、パメラも話だけは聞いてくれた。
でも、『特訓』という言葉に一番興味を示したのがアンナだったんだ。
…あと、アンナの話を聞き始めた先輩もだけど。
「火の上を歩いたり、石の上に三日三晩寝ないで座ったりというのもあるんですが、やはり基本として滝に打たれることをお勧めします!」
「た…滝?」
あの、すごい勢いで水が落ちてくる…。
「はい!」
思わず聞き返したら、アンナはとっても楽しそうに頷いた。
「私も小さい頃よくしていました!精神統一にもってこいです!」
にこにこと、とっても楽しそうにその特訓の詳細を話してくれる。
だけど僕は、正直あまり話を聞くことができなかった。
僕の後ろに立っている、先輩が気になって…。
「ヴェインよ」
「…はい…なんですか?先輩」
「決まったな」
「…」
頷きたくない。
絶対に、頷きたくない。
助けを求めて、僕は足元に座っているサルファに目を落とす。
「サルファ…」
「ミャウー(…俺は水には入らない)」
「そんなぁ…」
「…それでですね、途中大きな魚が落ちてきて思わず…先輩、まだ話の途中です」
それまでぎゅっと抱きしめていた箒を刀に見立てて振りながら、アンナの話は続いている。
…僕たちの背後でロクシスがまた、大きくため息をついたのを感じた。
【終】
|