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石造りの建物は、どこかそれまで暮らしていた山奥の屋敷と似ていた。
ただそこにある気配は騒々しく、静かなあの場所とは正反対だったが。
「くぁ…」
彼にとって退屈なだけの話はまだ続いてる。
壇上にいる中年の人間の話は終わる気配すらなく、サルファはヴェインの足元で大きくあくびをした。
ふと、自分に向かう視線に気づき、顔を上げる。
ヴェインの隣に立った相手と目が合った。
その少年の戸惑うような視線を受け流し、サルファはヴェインを見上げた。
この学園に入る前からずっと緊張し通しで、・・・がちがちに体を固まらせているところを見ると、それもそろそろピークに達しているのだろう・・・足元の自分にちらちらと注目が集まっていることに気づいてもいない。
(・・・少し寝るか)
こうしてヴェインの傍にいても、体を撫でてもらえるわけでも、話を出来るわけでもない。
かといって離れるのは、少々問題がある。
サルファはヴェインの踵に寄りかかるようにして座り込むと、きゅっと目を閉じた。
1ヶ月ほど前、二人の前に現れた男は、この学園にいるはずだ。
うつらうつら、まどろみながらサルファは考える。
『今日はね、君をその学園にスカウトしに来たんだよ』
学園・・・アルレビス学園・・・蒼暗い森の中にあって、明るい日の光のような髪を持っていた男。
彼が森を去ったあと、数日間ヴェインは何かを考えていたようだったが、その後学園へ行きたいと言い出した。
遠い学園に行くためには、何日もかけて街や村を通らなくてはならない。
人の苦手なヴェインにそれができるか尋ねて(実際の道のりでは何度かひやひやさせられたのだが)、かなり不安の残る態度だったが『がんばるよ・・・』との返事を得た。
だから、自分も了承した・・・。
「こんなに人がたくさんいるところは初めてだから…」
「やれやれ、いまからそんなことじゃあ、先が思いやられるな」
「う・・・でも・・・」
どうやら『入学式』というものが終わったらしく、まわりにいた人間たちはどこかにいってしまったようだ。
視線だけでそれを察しているサルファに、講堂に残るうちの一人である、ヴェインは表情を曇らせる。
また弱音を吐き出す前に外に出ようと声をかけかけた時、不意に知っている気配を感じた。振り返る前に、ヴェインに向かって声がかけられる。
「やあ、よくきたね。一ヶ月ぶりかな」
驚いて大きな声を上げたヴェインに向かって微笑みながら近づく男性。その声だけで、サルファには相手が誰かわかった。
「お、お久し振りです。ゼップル・・・さん」
ほんのわずか、ヴェインの表情からそれまでの緊張が薄れる。
1度きりとはいえ、知った人がいることがそうさせたのだろう。
二人の会話を頭上で聞きながら、サルファはその様子を観察する。
「はは。冗談だよ。それじゃ教室に行こうか。場所はわかるかい?」
「いえ・・・ぜんぜん・・・」
ゼップルの言葉にヴェインは困ったような、照れた笑みをほんのりと浮かべた。
人好きする顔と、柔らかい物腰、口調。
それまで住んでいた場所の人間からは、向けられたことのない好意的なそれに、ヴェインが喜びを感じてるのは、サルファにはわかった。
「それじゃ一緒に行こうか。入学早々迷子になられても困るしね」
「はい」
促すゼップルの言葉に素直に頷き、まるで子猫が親を追うようについてゆく。
「・・・」
その後姿を見ながら、サルファはふと、あの場所を出るときに感じたものが、再び胸の奥に浮かび上がってきたことを知った。
もしかしたら・・・。
自分の命は、そう遠くないうちに尽きることを知っている。
それは、生き物の多くが年を経て知る本能に似たもの。
そして、あの場所にいつづければ、いつか、ヴェインは独りきりになってしまっただろう。
だからこそ・・・、そうなる前に・・・。
ゼップルの後姿を追いかけるヴェインの姿をサルファは見つめる。
「・・・少なくとも、俺より寿命があると思いたいからな・・・」
小さく、誰にも聞こえないように呟くと、サルファはヴェインの後を追った。
【終】
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