お洗濯日和

 

 

お洗濯日和

 



 

ヴィーゼの日常は、結構忙しい。
朝は朝食の仕度に始まり、洗濯にお掃除。
やっと一息つけると思ったら、今度はお昼ご飯。
その後ようやく、ヴィーゼにとって自由な時間が得られるのだ。

「でも、イリスもフェルトもいないんだよね…」

工房に一人ぽつんと残されたヴィーゼは机に突っ伏して呟く。
朝食は3人一緒だったけど、お昼はひとり。
そんなことが今までなかったとは言わないけれど、結構寂しく感じる。
こんなときに限って依頼もないし、いつも遊びに来るマナたちもいない。

「はぁあ〜」

まるで今のヴィーゼの気持ちを表すかのように、外に広がる空はどこか沈んだ色をしていた。
…朝はあんなに明るい青色をしていたのに。

ちらりと窓を見上げてヴィーゼが思っていると、その窓にぱたりと一粒、雫が張り付いた。

「!」

がばっと体を起こしたヴィーゼの耳に、途切れ途切れに石畳を叩く水の音が聞こえる。

「きゃー!洗濯物!!」

外に干したそれを思い出し、ヴィーゼは慌てて庭へと続く裏口へ走っていった。



外から、しとしとと降る雨音が聞こえている。
その音を聞きながら、ヴィーゼはぜいぜいと肩で息をしながら呟いた。

「…なんとか…間に合った、みたい…」

間一髪、ヴィーゼは本降りになる前に洗濯物を取り込むことができたようだった。
そして両手いっぱいに洗濯物を抱えたヴィーゼは、息を切らせながら2階に上がり、手近にあったフェルトのベッドの上にそれを広げた。

「よかった。ほとんど濡れてない」

念のため一つずつ手にとって確かめると、ほんの少し湿っている気がするが気にならない程度だった。
それがわかるとヴィーゼはてきぱきと手際よく洗濯物を片付けていく。
その指がフェルトの上着に触れたとき、ふと止まった。

「あれ…?」

一瞬の違和感。

ヴィーゼは上着を手に取ると、目の前に広げてみる。

「フェルトの服って、こんなに大きかったっけ?」

上着だからだろうか?

そう思って、シャツを手にとって同様に広げてみると、やはり大きく感じる。

「やだ!もしかしてのびちゃった!?」

洗濯の仕方が悪かったのかと一瞬ヴィーゼは慌てたが、すぐにそうではないと思い直した。
なんといっても、フェルトの服以外のものはまったく変わりはなかったから。

「……」

つまりは、フェルトも成長期だということで。
日常的に触れていたから、それにヴィーゼが気づかなかっただけなのだ。

改めてヴィーゼは上着やシャツを広げて眺める。
そして唐突にあることを思いついた。

「ふふっ」

ヴィーゼは小さく含み笑いする。
他の洗濯物をすべてそれぞれのタンスに仕舞い込むと、ベッドに残されたままだったフェルトのシャツを手に取った。

「ちょっとだけなら、平気だよね」

誰に告げるでもなくヴィーゼは呟く。
そして返事の返ってこないことに、にこりと笑みを浮かべた。

ほんの少しだけ。
イリスも、フェルトもいない今だけ。

ちょっとだけ、遊んでみたいの。


 


ぱたぱたと急いでついたての向こうにある自分のベッドまで行き、シャツをその上に広げると、ヴィーゼはいそいそと着ている服に手をかけた。

静かに雨の降る音にまぎれて、かすかに衣擦れの音が響く。
その小さな音も、なぜかはっきりとヴィーゼには聞こえた。
どきどきと鳴る胸の鼓動も、同じくらいに大きく感じる。

「んっと…チョーカーも外した方がいいかな…」

首元がひっかかると、シャツがのびてしまいそうだ。
フェルトに気づかれないためにも、極力彼のように着てみよう。
そう思いながらヴィーゼは青いチョーカーを外し、身につけていた薄手の青の服を脱ぐ。
胸元を隠す下着だけになった上半身を、ひんやりとした秋の空気が撫でて、ヴィーゼはぶるっと体を震わせ、両腕で体を抱きしめた。

「さっむい!…シャツ、シャツっと」

慌ててベッドに置いていたフェルトのシャツを手に取るとそのまま被るようにして手を通す。

「うわぁ…」

予想はしていたけど、それ以上にフェルトのシャツはぶかぶかだ。
窮屈かもしれないとヴィーゼが思っていた首回りも、思った以上にゆるい。首と服の隙間から冷たい空気が入ってくるほどだ。
袖はヴィーゼの手が隠れるほどで、すそは太ももの付け根より少し長い程度だった。

ふと振り返った先にヴィーゼは姿見を見つけて、そこに映った自分の姿に頬を緩める。
くるんと、その場でターンをして。
鏡の中の自分もそれに合わせて動く様に、小さく笑い声をこぼした。
なんてことはないシャツ一枚にはしゃぐその様は、なぜか幼い子が遊戯を楽しむようで、ほほえましくみえる。

「そうそう!上着!」

鏡の中の自分に足りないアイテムを見出したヴィーゼはついたての向こうに戻りフェルトのベッドの上から、青い彼の上着を取って戻ってくる。

ついでに他のものも一式揃えてきた。
洗濯物を取り込んだばかりなのだ。
当然探す必要もなくそれらはすでに揃っている。
予備のタイに、ピン止め。肩当もつけてみた。

「わーい、フェルトだ♪」

鏡の中に出来上がった、フェルトの服を着た自分の姿にヴィーゼは嬉しそうにはしゃぐ。
くるんと身を翻すと、それにつられて青い上着の袖が大きく風をはらんで広がる。
ヴィーゼの大好きな色だ。

「ここまで着たんだもん、下も揃えてみよう!」

はしゃいで気持ちの大きくなったヴィーゼは、フェルトのベッドに寄り、そこに置かれたままになっていたズボンを手に取った。
それまで自分のベッドの傍で着替えていたのだか、その時ヴィーゼはそれを無駄に感じてしまって、その場で靴を脱ぎ、穿いていたキュロットも脱いだ。


 


しかし、露になった素足に、ヴィーゼがフェルトのズボンを穿こうとしたちょうどその時、1階の工房の扉を開ける音が響いた。

「!!」

びくんっと体を固まらせたまま、ヴィーゼは動けなくなる。

(誰!?誰?!誰なの――!!?)

悲鳴に似た声を心の中で上げつつ、うかつに動けないヴィーゼの耳に、今は一番聞こえて欲しくない人の声が聞こえてくる。

「ヴィーゼ、ただいまー!」

「!」

いつもならばフェルトの言葉にヴィーゼはすぐに返事を返す。
けれど、流石に今の状況でそれは無理だった。

「…すごい雨でさもうびしょびしょ…って…ヴィーゼ?」

てっきりお帰りの挨拶が聞けると思っていたフェルトは、返事がないことに困惑しているらしい。

「ヴィーゼ?いないのか?」

工房できょろきょろとしているフェルトの気配が、2階のヴィーゼにも伝わってくる。

今のうちについたての向こうに隠れて、着替えなくちゃ。

そう思いながらも、いったん固まってしまった体はなかなかいうことをきいてくれない。でも、今の姿をフェルトに見られたらと思うと、ヴィーゼは顔から火が出るような気持ちになる。

「ヴィーゼ?」

ギシッと、フェルトが一歩、階段を上った音が聞こえた。

ヴィーゼはその音に、急いでついたての向こうに隠れようとする。
けれども、足元にあったズボンに片足を取られて、よろけてしまった。

「きゃあっ!」

とっさにベッドの端を掴んで体を支えたものの、ヴィーゼは声を堪えることができなかった。

「!…ヴィーゼ!?」

ヴィーゼの悲鳴を聞いて、階段下にいるフェルトが急いで駆け上がってくる。
はっとしたヴィーゼは、悲鳴のように高い声を上げて、フェルトを制止しようとした。

「ダメ!フェルト来ないで!来ちゃダメ!」

けれどもそれは逆効果で、ヴィーゼの言葉にただならぬ事態が起こったと感じたフェルトは、勢い込んで2階に走りこむ。

「何言ってるんだ!一体…ヴィー…ゼ…?」

そして、目の前に座り込んでいるヴィーゼの姿に、あっけにとられたように、立ち尽くした。



 

 


一秒…十秒…、たっぷり数十秒間、髪から雨の雫が幾滴も滴り落ちたことにも気づかず、フェルトはじっとヴィーゼの姿を見つめている。
ヴィーゼのほうはそれにあわせて徐々に顔を真っ赤にして、今では目を潤ませてキッとフェルトを睨んでいた。

「ヴィーゼ、それ…」

フェルトがようやくそう口にすると、ヴィーゼの頬がさらに赤くなった。
目じりに雫を浮かべながら、フェルトを睨む。

「…来ちゃダメって言ったのに!フェルトの馬鹿!!バカ馬鹿!!」

「だって、あんなふうに言われたら誰だって来るって」

「そんなことないよ!来ちゃダメって言ったのに!」

「だから…ヴィーゼ…」

「もう!あっち向いてて!」

「……はい」

座り込んで顔を真っ赤に、目にいっぱいの涙を浮かべて、完全に逆切れしてしまったヴィーゼにフェルトは素直に従った。

なんといっても、今のヴィーゼの姿を目にし続けるのは、フェルトにとって非常に目に毒なのだ。


だぼっとしたサイズの大きく違う服からのぞく、細い手や首。

シャツのすそからのびるすらっとした素足。

座り込んだせいで、きわどいところまで見えそうになるそれが、目を逸らした今も目に焼きついてしまっていた。

怒っているのだろうけれども、顔を真っ赤にして涙目で、上目遣いに睨むその表情は、フェルトの中の別の感情を刺激してしまう。


…着ている服が、フェルト自身のものだということも、それに拍車をかけた。


(…俺、今夜眠れないかも…)


雨に打たれて冷え切ったはずのフェルトの頬が熱くなる。



一方ヴィーゼはフェルトが目を逸らすと同時に、ついたての向こうに身を翻した。
急いでフェルトの服を脱ぎ、自分の服に着替える。
そしてそのまま、顔をおさえて座り込んでしまった。

ちょっと遊んでみるつもりだけだったのに!
恥ずかしくて、フェルトと顔をあわせられない。



 


そして。

…まるで我慢比べのように黙ったままうごかなかったふたりが、次に顔をあわせたのは、フェルトが盛大なくしゃみをして、それに慌てたヴィーゼがついたての向こうから飛び出してきたときだった。



 

 

 

 


おわる。

 

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