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それはイリスに向かってココが尋ねたことが始まりだった。
フェルトたち三人がヴィーゼの工房に戻り、体調を崩していたイリスが元気になった後のこと。
ノイアールの街の広場で、フェルトとヴィーゼの二人ともイリスの傍を離れた時間があった。
傍にいた顔見知りのマナや人たちに3人の暮らしについて尋ねられイリスは嬉しそうに答えていた。
なんと言っても、イリスにとってはお姉ちゃんだけでなくお兄ちゃんまで出来たのだから。
「そう言えば、イリスちゃんのベッドは10日後に届くけれど、今はどうしてるの?」
フェルトとヴィーゼからイリス用のベッドやタンスの注文を受けていたヤッケがたずねるとイリスはにこっと笑いながら答えた。
「お姉ちゃんのベッドで寝てるの」
「あれ?じゃあ、ヴィーゼはどこで寝てるの?」
イリスの答えに、配達帰りだというココが疑問を持ったらしい。
「イリスと一緒のときもあるし、お兄ちゃんのベッドで寝るときもあるよ」
「「「!!?」」」
さらりとなんでもないことのように話すイリスの言葉の中に、聞き捨てならないものが入っていたことに気づき、ココは顔を真っ赤にして少女に尋ねた。
「お兄ちゃんって…まさか、フェルト!?」
「うん。フェルトお兄ちゃん」
「…」
こっくりと頷くイリスに、イリスの周囲に集まっていた一同はなんともいえない表情を浮かべた。
確かに、ベルクハイデから帰ってきた二人の間に、それまでとは違う雰囲気が漂っているのを感じたことはある。
もともとヴィーゼはフェルトのことが好きで、フェルトも自分では気づいてないかもしれないが、ヴィーゼのことを想っているのは確かだ。
ちょっとばかり早い気もするが、そういう関係になってもおかしくはない…かもしれない。
それにしても。
「うふふ…フェルトさんってば大胆ですね…」
「すげぇや フェルト兄ちゃん!」
「…どこがどうすごいのか説明してご覧よ、ヤッケ」
「それにしても、さすがにイリスちゃんが寝ている横でというのは…はぁ」
「若いっていいですね」
何事でもないかのように平然と受け流すメイラ。妙に顔を赤くして言うヤッケに突っ込みを入れるメローネ、などなど。
ノイアールの住人が、その事実に驚きつつも妙に納得する一方で、それに対して衝撃を隠せない人間がいた。
「それは本当ですか!?」
クロイツ枢機院長、その人である。
エデンがベルクハイデに落ちてから、彼の仕事は常に山積みになっていた。
本人も石にされるなどのアクシデントがあったものの、今はエデンだけではなく、周囲の動向を探るべく忙しく働いている。
当然、枢機院にこもることが多く、街の様子もそこに出かけていた枢機院員やルテネスたちから聞くことが増えていた。
その日も、休憩の合間にルテネスから街の様子を聞いていたのだが、「実は…」と明かされた話に、座っていた椅子からガタンッと音を立てて立ち上がった。
「ええ…イリスちゃんから聞いたそうなので…」
「〜〜〜」
心配そうな表情でルテネスはクロイツを見つめる。
端正な顔立ちを、何かを思案するようにしかめていたクロイツだったが、何かを決意したかのように顔を上げるとルテネスに声をかけた。
「至急、フェルトをここに呼んでください」
その頃、フェルトは椅子に後ろ向きに座り、夕食の仕度をするヴィーゼを眺めていた。
後姿を見つめるその表情は、なにか気にかかることがあるようにも見える。
「ヴィーゼ」
「なあに?」
「…最近、街のみんなの様子、変じゃないか?」
「えー、そうかなぁ」
「そうだよ」
フェルトの妙に確信に満ちた口調に、ヴィーゼは鍋に蓋をすると彼に向かい合った。
「たとえば?」
「…メイラは意味深に笑うし、ココは逃げるだろ?ヤッケは妙にきらきらした目で俺のこと見るし…おばさんはヴィーゼのこと大事にしろって言うし、…枢機院員のおじさんは『ほどほどにな』って…なにがホドホドなんだ?」
「あー。そういえばあたしもおばさんに言われた。一人の体じゃないんだから大事にって…イリスがいるからかなぁ」
「俺が言われたこととヴィーゼが言われたことが同じ意味だとしても、まだ他にもあるだろ?」
「うーん。メイラは多分からかってるだけだと思うし、ココは…何か失敗しそうになったとか?ヤッケはフェルトにまた護衛を頼もうと思っているとか…」
「……この間行ったばかりじゃないか…」
げんなりとした表情を浮かべたフェルトにヴィーゼは笑う。
「もしかしたら、最後のほどほどにっていうのは、フェルトががんばり過ぎないようにって意味じゃないかな。心配してくれてるんだよ」
「そうかな」
「うん。きっとそうだよ」
にこっと笑顔でヴィーゼにそう言われて、なんとなくフェルトもそうかもしれない、と思い始める。
こっそりと何か後ろめたいことがあるかのような小さな声で言われた言葉だったが、確かにヴィーゼの言うようにも考えられた。
だがしかし、その後しばらくして突然呼び出された枢機院の一室で、フェルトがいつになく表情の硬いクロイツと対面することになった時には、何か自分の知らないとんでもないことが起こっていることに気づかされた。
「フェルト」
「はい」
「今日私が、あなたをここに呼んだ理由はわかりますか?」
「ベルクハイデへの情報収…」
「ちがいます」
いつもなら無いことだが、途中でフェルトの言葉が遮られた。
じとっとフェルトの方に視線を向けたクロイツは、大きくため息をつくと、フェルトに向かってこう切り出した。
「街の噂で聞きました。時折ヴィーゼがあなたのベッドで寝っていると。間違いありませんか?」
「…確かに、何度かありました」
質問の意図がわからなかったが、フェルトはクロイツに答える。
「……」
「あの、枢機院長?」
「フェルト。確かに私はヴィーゼのその想いを大切にしてほしくて、色々応援してきたつもりです。それに、一方的にそれが悪いことだと言うつもりもありません。節度のある付き合いであるならば、問題はないでしょう」
「…枢機院長、いいですか?」
「…なんですか?フェルト」
「ヴィーゼが俺のベッドを使ったら、何か問題があるんでしょうか?」
「当然でしょう。あなた方の年齢からすれば男女の関係になるには…使う?」
言いかけたクロイツはフェルトの言葉に噂の内容とのズレを感じだ。
一方フェルトはクロイツの口から飛び出した言葉に、思わず顔を赤くしている。
「男女の関係って…!?」
真っ赤な顔で、目を白黒させているフェルトを眺めて、クロイツは大きくため息をついた。
「フェルト、先ほどの台詞の意味をもう一度詳しく教えてください。どういう状況で、ヴィーゼはあなたのベッドで寝ることになったんですか?」
「…イリスの看病をして、ヴィーゼがずっと寝ていないことがあったんです。それに眠っているといっても椅子に腰掛けてとか…ちゃんと寝ていなくて。だからイリスの看病を俺が代わって、ヴィーゼには俺のベッドを使って休ませていました」
「つまり…」
「男女関係はありません」
赤い顔のまま、フェルトはきっぱりと言い切る。
そして額を押さえて小さくうめいたクロイツに、嫌な予感を感じて尋ねた。
「その街の噂って…どれくらい広がっているんですか?」
「少なくとも、ノイアールの住人は全員でしょうね…どなたかおしゃべりな方がいればもっと広がっているでしょう」
「……………」
クロイツの言葉に、フェルトは沈黙する。
誤解だといって回るには、人数が多すぎた。
【終】
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