昔語り

 

 

昔語り フェアリーソウル

 



その本を二人で読んだ日から、フェルトが時々夜の枢機院をこっそり抜け出して、どこかに行っていることは知っていた。

 



「ヴィーゼ」



「フェルト、どうしたの?その格好。もう寝る時間なのに」

その夜。枢機院にある図書館から、部屋に戻る途中呼び止められたヴィーゼは、呼び止めた幼馴染の少年の姿に首をかしげた。
時刻は夜。もうそろそろ眠らないと、ルテネスたちから注意されてしまう。
それなのにフェルトは、まるで今から外に出かけるような格好をしている。
…それとも、本当にどこかに行こうとしているのかもしれない。
にこにこと嬉しそうなフェルトの様子に、数週間前からの彼の行動を思い出し、ヴィーゼはほんの少し不機嫌な表情を浮かべる。
二人一緒の部屋のときは、どちらかがどこかに行こうとしたときはすぐにわかったけれど、今は別々の部屋になってしまっていて、フェルトの行動もすぐには気づかなかった。
気づいた。ということが、ヴィーゼにとっての不満だ。
フェルトが教えてくれなかった、というのがその一番の原因である。

「川縁の森にいいモノを見つけたんだ」

ヴィーゼの様子に気づかないまま、案の定、フェルトはこんなことを言い出す。
川縁の森は、枢機院からノイアールの街に向かう坂を下ったところに近い場所である。
いつも抜け出して、一人でそんなところに行っていたのかと、ヴィーゼは頬を膨らませる。
きっと、今日もこれから一人でそこに行くというのだろう。
そんなことを考えたヴィーゼの前に、フェルトの手が唐突に差し出された。

「ヴィーゼも一緒に行こう」

続く言葉に、ヴィーゼはきょとんと目を丸くする。
そして、ヴィーゼの返事を微塵も疑っていないフェルトの笑顔を目にして、しばらく考え込むように俯いていたが、最後には頬を真っ赤にしながらその手を取った。




「どうして教えてくれなかったの?」

「…ヴィーゼは暗いところを怖がるじゃないか。だからだよ」

暗い坂道を下り森に入る。手をつないで歩きながらヴィーゼがたずねると、フェルトはそう答える。
今でも、フェルトの手を握り返すヴィーゼの手は不自然なほど力が入り、小さな物音がするとぴくりと震えている。そのたびにフェルトは安心させるように握る手にわずかに力を込めていた。
暗いところではフェルトに頼っているという自覚があるヴィーゼはその言葉に納得したようだった。
てくてくと歩き続けて、しばらくするとヴィーゼは枢機院でのフェルトの言葉を思い出した。

「そういえば、フェルトの言ってたいいものってなに?」

いいモノを見つけた、という言葉だけでそれがなんなのか聞いていなかった。
フェルトはヴィーゼを振り返るとにこっと笑う。

「まだ内緒。でもすぐにわかるから」

言いながら、ヴィーゼの手をきゅっと自分の方に引き寄せた。

「あれ」

目の前に見え始めた川を指差して、フェルトはヴィーゼを見る。
ヴィーゼはフェルトに示された方へ目をむけ、息を呑んだ。

川面に浮かぶ、無数の光の欠片。
緩やかに水面を走るそれは、少し前に二人で読んだ本の中に記されていたものと同じだった。

「本に載ってただろ?季節もおんなじだし、どこかに絶対あるって捜してたんだ」

「綺麗…すごいね。本で読んだものより、ずっと綺麗」

ヴィーゼのその言葉に、フェルトはやっと目的が達成できたとでもいうような表情を浮かべた。

「もっと近くでも見られるよ、ヴィーゼ。行こう」
「うん」






 

                              【終】                   

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