昔語り

 

 

昔語り おやすみの月

 

 

 一緒にごはんを食べて
 一緒に遊んで
 眠ることも一緒だった。




「ヴィーゼはこっちですよ」

夜。枢機院にいる人たちにお休みの挨拶をして、フェルトとヴィーゼが部屋に向かおうとすると、ルテネスが少女を呼び止めた。
手をつないだまま二人が振り返る。ふわふわと階段を上がってきたマナはヴィーゼに、二人が入ろうとした部屋の隣にある別の扉を開けて中に入るように促した。

「?」

不思議そうな顔をして部屋の奥を見つめる二人に、ルテネスはひとつずつ確認する。

「今日から一人のお部屋になったでしょう?」

「はい」

ヴィーゼが返事をして、横に立つフェルトも頷く。

それぞれ荷物を分けて、自分の部屋に運びなさいといわれたのは今朝のことだ。
二人で一緒にいたそれまでの部屋より広いその場所にはしゃいで、二人で何度も往復して遊んでいた。たくさん本を持っているヴィーゼの部屋は勉強するときに、フェルトの部屋は遊ぶときに使おうと話して、大きな2つのベッドは昼寝のときと、夜寝るときに分けようと二人で考えていた。

何時部屋をのぞいても、どちらか一方の部屋に二人でいる様子から、ルテネスは二人の勘違いに気づいていて、言葉を続ける。

「だから、今日からは寝るのも別々よ」

「!」

考えもしていなかったのだろう。二人ともルテネスの言葉に目を丸くしている。
特にヴィーゼは、暗い部屋に一人で眠らなければならないということに気づき、表情を曇らせる。
ヴィーゼの表情に気づいたフェルトが心配そうにその顔を見つめて、ルテネスを見上げた。

「不安なら、今日はヴィーゼが眠るまで、わたしが傍についていてあげるから」

フェルトに頷いて見せたあとルテネスが言うと、ヴィーゼはほっとしたようにこわばっていた表情をといた。

「ありがとうございます」

「それならフェルトも安心でしょう?」

こくんと頷いてみせたフェルトに、ルテネスは目を細めるとヴィーゼへと手を差し出す。

「じゃあ、フェルト。おやすみなさい」

「おやすみなさい」

その傍を離れて部屋に入り振り返ったヴィーゼとルテネスに、フェルトが答える。

「おやすみ、ヴィーゼ、ルテネス」





 



ヴィーゼが寝入ったことを確認したルテネスが部屋を出て、しばらくした後だった。
突然ぱちりと目を覚ましてしまったヴィーゼは、真っ暗な部屋の中で、なかなか訪れてくれない眠りに、体を小さくして耐えていた。
今までも同じように夜中に目を覚ましてしまうことがあったが、その時は傍にフェルトがいた。
すぐ傍で聞こえる小さな呼吸音に、気持ちを落ち着かせることができていたが、今は、彼はヴィーゼの傍に居ない。
傍に行きたくても、2つの部屋をつなげる廊下に出ることが、今のヴィーゼには怖くてできなかった。


時折窓の外でガタガタと風が何かを揺らす音に、ヴィーゼは小さな悲鳴をあげる。
頭まですっぽりとかけ布をかぶり、口元にその端を押し付けた。

(早く朝になりますように…!)

枕に額を押し付けるようにして、ヴィーゼがそう願ったとき、廊下に面した扉の向こうでカタンッと音が鳴った。
びくっとヴィーゼが体をこわばらせる。
音のなった扉を見るのが怖くて、ヴィーゼはいっそう深くかけ布をかぶった。カタンカタンと音が続き、細く長い軋みのあと、ふわりと何かがヴィーゼの部屋の中に入ってきた。

「ヴィーゼ」

ベッドに近づいたそれは、かすれた小さな声で、ヴィーゼの名を呼ぶ。
ぎゅっと目をつぶって、耳を手で押さえていたヴィーゼはその声の主に気づかず、ぎゅっと肩をつかまれて悲鳴をあげた。
あわてたように、それが少女の名を再び呼ぶ。

「俺だよ、ヴィーゼ」

「ふ。フェルト?」

こそこそとかぶっていた布を脱いだフェルトが、ヴィーゼの頭にかかっていた布をどけてその顔をみせる。
いつも一緒にいる少年の顔をそこに見つけたヴィーゼがほうっと息を吐いた。

「ごめん…驚かせて。声聞こえたから、気になってきたんだ」

「起こしちゃうくらい、大きかったの?」

おそらく物音にこらえ切れなかったときの声のことを言っているのだろう。そう思い恥ずかしさに真っ赤になったヴィーゼに、ふるふるとフェルトは首を横に振ってみせた。

「ううん。目が覚めてたから…」

「フェルトも?」

「じゃあ、ヴィーゼも?」

「…うん」

「…」

その返事に黙ったフェルトは、ぽふんとヴィーゼのベッドに腰掛けた。
横を向いたまま、不満そうに呟く。

「…今まで一緒だったんだから、これからだって一緒でもいいのに…」

突然一人で眠れといわれて、納得がいかないらしい。それに加えてヴィーゼの今の状態に不満もあるようだ。

「でも、おおきくなったら別々になるんでしょ?」

「枢機院長も、ルテネスも言ってたけど…でもヴィーゼがそんな顔するのいやだよ」

いくらそう言われても、ヴィーゼが辛い思いをしていることは、フェルトは嫌だった。
自分が傍にいれば、そんなことは起こさないと思っていたせいかもしれない。

フェルトはいったん立ち上がると、そのままベッドの端に持ってきていた掛け布を巻きつけて座った。

「ほら」

そうしてヴィーゼに向かって手を差し出す。

「ルテネスがしてたみたいに、今度は俺が一緒にいるよ。そうしたらヴィーゼ、眠れるだろ?」

「でもそんな格好だとフェルトが風邪引いちゃうよ」

「大丈夫だって」

暗闇の中、表情を曇らせていたヴィーゼだったが、ねえ、とベッドに伏せるようにしてフェルトに声をかけた。

「やっぱり一緒に寝ちゃ、ダメかなぁ?」

「ルテネスに見つかったら怒られるかもしれないけど…」

その提案にフェルトは少し考えたあと、うん、と頷いた。

「でも見つからなきゃいいんだよな」
「?」

「朝早くに起きて、俺がこっそりもとの部屋に戻ればいいんだから」

「そうだけど…できるの?」

フェルトの寝坊癖は、一緒にいたヴィーゼが一番よくわかっている。

「できるよ」


 



大きな枕は、二人で使うにはちょっと小さかったけれども、使えないわけではなかった。
一緒に寝ているといっても、これまでもベッドは別だったから、間近にあるお互いの顔が妙にくすぐったく感じる。

「お昼寝みたい」
くすくすと笑いながら囁いたヴィーゼにフェルトも笑みを返す。

「そうだね」

すでに温まっていた掛け布に二人で包まり、夜怖くて眠れなかったときのお守り代わりに、手をつなぐ。
それまで気配すらなかった眠気が二人を訪れたのは、そのあとすぐのことだった。







 

 



―― 次の日の朝、フェルトが部屋にいないことに気づいた枢機院長とルテネスのふたりは、まさかと思いながら隣の部屋を訪れて、仲良く眠る二人の姿を見つけることになる。
結局、再び二人部屋に戻ることになったヴィーゼとフェルトが、一人部屋になるのは、もうしばらく後のことだった。


 
 



 

                              【終】                   

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