愛しき日々

 

 

愛しき日々

 



青い菱型の石が落ちないように何度か糸を潜らせ、最後に裏地の部分で止める。
結んだ糸の端に口を寄せて糸を噛み切ると、針を裁縫箱に収め、白と青の布で作られた小さな袋を表に返した。

「できたよ。フェルト」

それまで熱心に自分の手元を見ていたフェルトに向かってヴィーゼは声をかける。

「ああ。ありがとう、ヴィーゼ」

椅子を跨いで座ったフェルトは椅子の背に腕を乗せたまま、手を差し出してヴィーゼから袋を受け取った。
その日、夕食の後になって「頼みがあるんだけど」と声をかけてきたフェルトがヴィーゼに差し出したのは、ベルクハイデにいた幼馴染を気遣い彼女が贈ったお守りだった。
それからずっと持っていたらしいそれの、青い石を留めた糸が解れてしまったから直してもらえないかというフェルトの話に、ヴィーゼはすぐに棚から裁縫箱を取り出した。

 綺麗に糸をつけなおしてもらい、元通りになったそれをフェルトは満足そうに見つめる。

「すごい。綺麗に直ってるなぁ」
「うふふ、ありがとう。…もういい?フェルト。中身も戻しちゃうから」

机の上に置かれたヘキサグラスの結晶を手にしたヴィーゼに、フェルトは素直にお守りの袋を返す。
そこでふと、何か思い出したように、椅子に体重をかけて身を乗り出した。
キシッと石の床と椅子の足が擦れる小さな音がする。

「なあ、ヴィーゼ」

「うん、なぁに?」

「それさ、もうちょっと紐を長く出来ないかな?」
「え、お守りの、紐?」
「うん」

フェルトの視線の先には、ヘキサグラスを入れたあと袋をとじるのに使う紺色の紐がある。
今の長さは手に持つぐらいの長さしかない。

「できれば、首から下げられるくらい」

ほんのすこし上目遣いに、おねだりをする子供のようにフェルトはヴィーゼの表情を伺う。
そんなフェルトに、ヴィーゼはくすくすと笑って頷いた。

「できるよ。もちろん」
「やった」

ぱっと笑みを閃かせたフェルトに、ヴィーゼは嬉しくなる。

「じゃあ、ちょっと待ってて。新しい紐を取ってくるから」

言いながらヴィーゼは立ち上がると、ぱたぱたと2階に向かう。
フェルトがヴィーゼを待っていると、工房の奥の扉が開いて、お風呂から上がって寝巻き姿のイリスが入ってきた。

「おかえり、イリス」

振り返って声をかけたフェルトの傍に近寄ると小さく首をかしげる。

「ただいま、お兄ちゃん。お姉ちゃんは?」
「ああ、2階。すぐ降りてくるよ」

そうイリスに教えながら、フェルトは椅子から立ち上がるとくるりとそれの向きを変える。
椅子を正面に戻し再びフェルトが座ると、その膝にイリスがのってきた。
フェルトが湯上りのぬくぬくとしたイリスの体を抱えていると、戻ってきたヴィーゼがその光景を見て微笑する。

「紐、あったか?」

顎をイリスの頭に乗せ、フェルトが声をかけた。

「うん」
「お姉ちゃん、ひもって?」

フェルトとヴィーゼの会話に出てきた言葉にイリスがたずねる。
頭の上に乗せられたフェルトの顎を気にもせずイリスが上を向いたため、イリスの頭で顎をぶつけたフェルトがその場でのけぞった。

「フェルトのお守りの紐を変えようと思って、新しいのを探してたんだよ」

顎の痛みを我慢しているフェルトに、ヴィーゼは笑みをこらえながら机に戻り、お守りの袋に新しい紐を通す。
首にかけたときのつけ心地を考えて結び目は袋のすぐ傍にした。
「はい、完成」
袋は以前のまま、紐の長さだけ変えたそれをフェルトに手渡す。

「わがまま聞いてくれて、ありがと」
「わがままなんて…。どういたしまして」

さっそくお守りを首に下げたフェルトにヴィーゼは嬉しそうに顔をほころばせる。

「でも、お守り気に入ってくれてるんだね。嬉しい」
「ん?ああ、もちろん」

先ほどお守りを受け取ったフェルトとイリスの会話からもそれは伺えた。
「イリスも欲しい」と言ったイリスに、フェルトはやんわりとであったが「だぁめ、これは俺の」と断りさっさと自分の首にかけたのである。

「青色はフェルトの好きな色だもんね」
にっこりと笑ったヴィーゼの言葉に、フェルトがすこし意外そうに目を見開く。

「ああ…もちろんそれもあるけど…」
「やっぱり!」
手を打たんばかりのヴィーゼにフェルトは言葉に詰まる。
そしてさらに続けようとしたフェルトの言葉は、腕に抱えたままになっていたイリスによって遮られてしまった。

「お姉ちゃん、イリスもお守り欲しい」

それまで二人の顔を交互に見ていたイリスの唐突な言葉にヴィーゼの視線がそれまでのフェルトからイリスに移る。

「そう?じゃあ今度はイリスの分を作るね。袋の色は何色がいいかなー」
「赤い色。お姉ちゃんの服みたいな色」

すっかり、『幼馴染』の女の子の顔から、『姉』の顔になってしまったヴィーゼを見て、フェルトはそれ以上の言葉をあきらめる。
(…俺のためだけに作ってくれたものだから…って、気づいてくれないのかな)
ヴィーゼらしいけど。
そう思いながらフェルトは心の中で苦笑すると、妹とのおしゃべりに夢中になっている『姉』を眺めていた。





その数日後。
ベルクハイデに向かうフェルトを見送ってしばらくあとのこと。
ヴィーゼとイリスが工房で調合を行っていると、ばたんと大きな音を立てて工房の扉が開いた。
二人が振り替える間もなく、『それ』はまるで風のように2階へ駆け込んでゆく。
「―――え、フェルト!?」
ちらりと目の端を掠めた見慣れた青色にヴィーゼが声を上げる。
ばたばたと音が聞こえてくる2階を階段の横から仰いで声をかけると、「忘れものー!」という叫び声が返ってきた。
すぐに今度は階段を駆け下りてくる音。
戻ってきた時と同じく、すごい勢いで開けっ放しになった扉から外へ飛び出す。
かろうじてその姿を目で追っていたヴィーゼは、フェルトの、何か握ったままになっている右手からのびる、細いものに気づいた。

「今度こそ、いってきます!ヴィーゼ!!」

扉の向こうから聞こえた声に、笑いを堪えきれずにヴィーゼは答えた。

「いってらっしゃい、フェルト」
 



 

                              【終】                   

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