Dear my little…sister? おまけ

 

 

Dear my little…sister? おまけ

 



 

――――帝国領内。

「トレーネ様」
ふわふわとした足取りで、城から自宅へ帰ろうとしていたトレーネに向かって、庭の隅にいた男が声をかけた。
「あら。あなたは」
片膝をついたままにこりと笑って面をあげた男に、トレーネは目を丸くする。
「お久しぶりです」
数年前まで軍服に身を包み、父親の配下にいたその男は、トレーネに心酔する親衛隊の一人であった。いまは軍を離れ、畑違いといわないまでもそれに近い諜報活動をする傍ら、趣味と実益を兼ねると称して商人の真似事をしている。
今も旅から帰ったばかりという格好で、にこにことトレーネを見上げた男に、トレーネは微笑み返すとその傍に近寄った。
小さな子供のように、同じ目線になるようにしゃがみこむ。
「なにかいいものありましたか?」
「ええ、きっと気に入っていただけると思います」
そこまで言って、二人は共犯者の微笑を浮かべる。
親衛隊の彼は、トレーネの趣味を理解する数少ない帝国人である。
これまでのトレーネのイタズラにも、嬉々として協力してきたその男は、リーゼヴェルトで出会った少女たちの話とともに、一つの小瓶を取り出して見せた。

もちろんそれは、淡い紅色の、あの液体だった。

「ららん、らん、らーん」
鼻歌交じりに現れた魅弟の姿に、軍詰め所内はざわめきだす。
「…トレーネ様が…」
「…まずいぞ、絶対何かが起こる」
ひそひそと、交わされる言葉にははっきりと恐怖が宿っている。
日々の活動をねぎらうと言って、眠り薬の霧を発生させる花を持ち込んだり。
「みんなでたべてね」と言って渡されたお菓子が、実はリーゼヴェルト執政官テオドールが3ヶ月以上待って取り寄せていたものだったり。
彼女のイタズラの対象は軍に限ったものではないが、彼女がよく出入りしていることも手伝って、そこは被害の多い場所であった。
ふとトレーネの目が、奥の部屋に向かおうとしていた少年兵に向けられる。
夕食時のためその手には、まだ温かい料理の乗った盆があった。
魅弟に見つめられたその少年は、びくびくとおびえたように頭を下げる。
「それはもしかして、瞬弟のお食事?」
「は…はい。ケイオス様は一人で召し上がるということで、これからお持ちするところです…あ、あの…」
すたすたと歩いて少年の前に来たトレーネは、その言葉を聞くと満足そうに頷いて、おもむろに袖から小瓶を取り出した。きゅっぽんっと音を立てて栓を引き抜くと中身を少年の持つ料理の上にまんべんなく振りかける。
赤い得体の知れない液体に、その様子を目撃してしまった兵士たちは体を固まらせている。
『一体それはなんですか?』と魅弟にたずねることのできる剛の者はここにはいない。
液体がスープに溶け、パンにしみ込んだのを確認して、トレーネはくるりとあたりを見回す。
「これはぁ、みんなと私のヒ・ミ・ツ・ね?」
「…」
人差し指をゆらして可愛らしく微笑んだトレーネの姿に、少年兵をはじめ、周囲の者たちは絶句する。
何を考えているかわからないという点では似たり寄ったりの、魅弟と瞬弟。
そのどちらを敵に回すと恐ろしいか考えて、彼らはより無難な方を選んだ。
なんと言っても、彼女は魅弟である。それにここで怒りを買い、彼女のイタズラの標的にされるのは絶対に遠慮したいというのが、彼らの共通の思いだった。
「お返事は?」
「「…承知しました」」


―――そして運命の朝。
一人の男の叫び声が帝国の空に響き渡った。


その数日後、エデンの工房にいたフェルトの元に一人の少年が怒鳴り込んできた。
工房の扉を壊す勢いで飛び込んできた少年は、ヴィーゼの傍にいるフェルトに気づくと歯軋りせんばかりの表情で背負っていた剣を抜くとフェルトの目前にかざした。
「フェルト、貴様―ぁっ!」
「えーと、…誰?」
ちまっとした少年が、体に似合わぬ大振りの剣をかざす様はどこか滑稽で、フェルトはきょとんと問い返す。その様子がさらに少年の怒りを買ったらしい。
「忘れたとは言わさん!フェルト、よくもこの俺に恥をかかせてくれたな」
「だから誰?」
しかし、本気でわかっていない様子に、少年は疑うようなまなざしを向ける。
「…ほんっっとうにわからないのかお前は?」
力を込めた口調に、フェルトは少し考えてみる。
「…少なくとも、知り合いの年下に黒髪のヤツっていないと思うんだけど…」
年下、の言葉にぴくりと眉をしかめてみせたその少年は、ぽつりと名前を呟いた。
「…ケイオスだ」
「へぇ、ケイオスっていうんだ。俺の知り合いにも…って、ケイオスっ!?」
「さっさと気づけ!このばか者が!」
フェルトの驚きの声に、痺れを切らしていたケイオスの罵倒がかさなる。
見れば黒髪と赤い目。声が少し高い気もするが、かつて戦った青年に他ならない。
そしてその姿に、フェルトとヴィーゼは数ヶ月前の悪夢を思い出した。
答えはわかっていたが、それでもフェルトはたずねる。
「で…どうしたんだ?その格好は」

ケイオスの話を聞くと、食事に妙な味を感じた翌日の朝にはすでに体が縮んでいたらしい。
そこまではヴィーゼたちと一緒だった。…しかし。
「それでどうして俺が関わってるってわかったんだ…」
帝国とリーゼヴェルト、あるいはエデンまでの距離はかなりのもののはずである。
それに公になっていない事件のはずだから、情報が伝わるとも考えにくい。
しかし、ケイオスはその言葉にきっぱりと言い切った。
「決まっている。何か起こったらお前が原因だ」
「んなむちゃな」
「だが事実だ。さっさと解毒剤を渡してもらおう」
詰め寄るケイオスに、フェルトはばつが悪そうに視線を逸らした。
「…ない」
「なんだと?」
ケイオスの眉が跳ね上がる
「だから、ないんだ。解毒剤は」
「ではあの娘はどうやって元に戻ったんだ」
びしっと指差したケイオスに、それまで口を挟めず二人の会話を聞いていたヴィーゼが口を開く。
「1週間位して…朝起きたら自然と…」
その言葉に、ケイオスの表情が険しくなる。
「これ以上待てるか!お前は錬金術士だろう、ならば解毒剤も創れるはずだな?すぐに創れ!」
「きゃぁあっ!」
「ちょっと待てケイオス!その剣を離せ!」
剣を持ったままヴィーゼに詰め寄るケイオスに、フェルトはあわててその襟首を掴んでとめる。焦りを隠さないケイオスは、フェルトをぎろっと睨んだ。
「放せフェルト!…急がねば、アレがくる!」
「アレってなんだよ!?」
「口に出せるか、忌々しい!」
「わけがわからないだろ、それじゃあ」
言い合うフェルトとケイオスの背後で、その時、リズミカルに扉を叩く音が響いた。
開け放たれたままだった扉を軽くたたいて、にっこりと彼女は笑う。
「お話しちゅうのところ、ごめんなさい♪ おじゃましま〜す」

その瞬間、ケイオスがびくりと体を震わせた。
声の主を振り返らないまま、がしっとフェルトの服を掴む。

「あ、あの…」
ヴィーゼが声をかけようとすると、灰色の髪の帝国の令嬢はふわふわとした口調で続ける。
「あ。お気遣いなく〜。同僚を迎えにきただけなの。すぐ失礼しますから」

その声を聞きながら、フェルトがケイオスの様子をうかがうと彼は必死の表情を浮かべてフェルトの服を掴んでいる。
絶対に離すまいとするかのようなその姿に、フェルトはなんとなく事情を察した。
彼の恐れるアレとは、トレーネのことだ。
「貴様に借りを作るつもりはない。だが、俺がこの姿になった責任は取れ」
「責任って…俺が創ったわけじゃないし」
「あの小娘の失敗作のせいといったな。ならばあの娘でもかまわん。どんなたいそうな腕を持つのか知らないが、とんでもないものを創った責任は取ってもらうのが筋だ」
「…」
トレーネを恐れつつもそう言ったケイオスに、フェルトの表情がぴきっと音を立てて固まった。
「ケイオス」
フェルトはおもむろに、にっこりとケイオスに笑ってみせた。
「元に戻る一週間まで、トレーネを引き離してくれ」
「嫌だ」
笑顔のまま言い切る。

そして、ケイオスを心配するヴィーゼの様子を背後に感じつつ、フェルトは笑顔のまま、トレーネに彼を引き渡した。
「フェルト、憶えていろ…っ!」
ヴィーゼの創ったアイテムの一つである『生きているナワ』でぐるぐる巻きにされたケイオスは、扉の前に立ちすでに彼ら二人を見送る体勢になっているフェルトに向かってはき捨てるように叫ぶ。その言葉に、フェルトはにっこりと笑って脅迫する。
「…解毒剤はないけど、アレはまだあるから」
「…くっ!」




――――――――ケイオスにとっての悪夢は、その後数週間続いたという。






 

                                                 
【 終】                   

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