蜜月

 

 

蜜月 はにー・むーん

 



 

いつものことといえばそれまでなのだが。

扉を開けて広がった目の前の光景に、クロイツは一瞬言葉を失った。

「相変わらず仲がいいのね。ふたりとも」

「…」

まあ、とでも言うかのように口元に手を当てたルテネスが横で呟いているが、その様子はあくまで落ち着いたもので、慌てた様子はこれっぽちもない。
べったりと抱きあって、きゃわきゃわとはしゃいでいる、ふたりの養い子たち。
これを「仲がよい」との一言でくくってしまっていいものか?
いくら小さくても、ヴィーゼは女の子で、フェルトは男の子なのだ。
なんとなく、目眩に似た感覚を覚えながら、クロイツは何とか声を絞り出した。

「…良過ぎませんか?…」

その言葉に、ルテネスはクロイツの顔を見上げたが、表情を見ると彼の懸念がなんなのかわかっていないようだ。

「そうでしょうか?」

冷静な口調で彼女に言われると、クロイツの気持ちが揺らぐ。
なんといっても、クロイツにとって子育ては初めての経験であり、いくら子供を持ったことがないとはいえ、彼よりもはるかに人生経験の豊富なルテネスの言葉である。…しかも女性だ。
クロイツが口を閉ざしている間に、ルテネスはふたりに近寄り声をかけている。

「フェルト、ヴィーゼ。お昼寝の時間ですよ」

「はぁい」との2人分の元気な答えに、ルテネスはほんのわずか目元を和ませる。

 

「ルテネス、ご本読んで」

ベッドのある隣の部屋にルテネスがふたりを連れてゆくと、ヴィーゼがベッドの傍から一冊の本を持ってきた。
それは最近読み始めた本で、ふたりが眠る前にいつもルテネスに読んでもらっている本だった。
早く続きの知りたいヴィーゼは、お昼寝のときにもルテネスに本をせがんでいる。

「では少しだけですよ」

「うん。あのね…ゆうべはここまでだったから…」

大きな本のページを小さな手で繰って、ヴィーゼがルテネスに説明している後ろで、フェルトはせっせと枕を整え、掛け布を引っ張ってお昼寝の準備を続けている。

「…私の気のせいかもしれませんが…」

ぽつりと呟いたクロイツにルテネスは無言のまま答えない。

ルテネスに本を預けたヴィーゼは、くるりと身を翻すと、フェルトのいるベッドの近くに走り寄る。
すぐ傍で靴を脱いで、きちんとベッドの下にそろえて置いた。

「ヴィーゼ」

ベッドの上から差し出されたフェルトの手を握り、ヴィーゼはぽんっと軽くジャンプして上に飛び乗る。そのまま、フェルトの横に掛け布を引っ張ってもぐりこんだ。

 


「クロイツ様のおっしゃることは解りますが…」

あまりにふたりの仲が親密ではないかというクロイツの言葉に、ルテネスは軽く首をかしげた。

「ふたりが枢機院へ引き取られた年齢や状況を考えると、多少は他の子供たちより親密になるのは仕方ないのではないでしょうか」

1歳になるかならないかのうちに引き取られたフェルトと、時を同じくしてドゥルによって枢機院へやってきたヴィーゼ。
ふたりとも幼かったために、肉親の記憶をほとんど持っていない。
多くの場合両親がもっとも間近にいるはずの頃には、ふたりの両親はなくなっていたのだ。その代わりとなるかのように、引き取られたその日から、フェルトとヴィーゼはお互いの最も身近な存在となっていた。

だからこそ、余人の立ち入る隙がないほど、仲がいいのだと…。

「まるで『蜜月』を見ているような気分です」

それに至るまでの理由を考えると、甘い言葉一つで表現するのは、どこか間違っているような気もした。けれども、現在のふたりの様子を表現するのに、これほど似合いの言葉もないような気がして。

「花嫁・花婿の父の心境というのは、まだお早いですよ」

ため息混じりのクロイツの言葉に、ルテネスが珍しく小さく声を漏らして笑う。

「…早く見たいような、見たくないような。ふたりとも、少なくともあと15年は大丈夫でしょう。それまでに、動揺しないように心を鍛えておく必要があるようです」

クロイツは、廊下への扉にむかう足の向きを少し変えて、隣の部屋に移動する。そこですやすやとひとつのベッドに眠っているフェルトとヴィーゼの寝顔を確認すると、ルテネスに一言残して、部屋を出た。



その日の夜、灯り一つ持たないまま、暗い廊下をものともせず、クロイツは足早に図書室に向かっていた。
法衣のすそが翻り、長い髪が背中で跳ねていたが、気にする余裕もないようだ。
クロイツの頭の中には、先ほどフェルトとヴィーゼの部屋で見た光景がくるくると回っている。

ヴィーゼは、まだいいだろう。問題はフェルトだ。

『おやすみなさい、フェルト』
言いながらヴィーゼは、フェルトの頭を両手で抱えるように抱きしめて、額に唇を押し付けていた。昔、といってもそれほど前ではないが、クロイツが眠る前にふたりにしていた額への挨拶を、ヴィーゼが憶えていたということがなんとなく嬉しい。
『おやすみ、ヴィーゼ』
そして足を崩してベッドの上に座り込んでいたフェルトも、ヴィーゼの頭を引き寄せて…彼は、ヴィーゼの口に、自分の口を押し付けた。

「!?」

驚愕に目を見開いたクロイツの前で、キスというより、ただ単に力いっぱい唇を押し付けているといった様子のフェルトに、ヴィーゼが堪えきれずに仰向けに倒れる。もちろん、フェルトもそれにつられてばったりとヴィーゼの上に倒れこんだ。
「きゃーっ!」というヴィーゼの声が上がって、思わず飛び出しかけたクロイツだったが次いで上がった笑い声に、あっけに取られた。
『フェルト、くすぐったいー』
『逃げないでよ。ヴィーゼ』

ふたりとも、特にヴィーゼには、嫌がっている様子が、なかった。

『ちゃんとするから』
『じゃあ、もう一回ね』

ほんとうに、ほんとうに、ほんとうに、無かった。

……それはせめてもの救いになるのかどうかはわからないが。

すくなくとも、クロイツの頭痛がほんの少しだけ少なくなったのだろうというのは確かだ。膨大な中の、ほんのわずかにしか過ぎなくても。

そんなことを考えながら歩いていたクロイツの前に、図書室の扉が現れる。
常に無いことだが、クロイツは勢いよく扉を開けて中に入ると、驚きに目を見開いているルテネスの前につかつかと歩み寄り、非常に真剣な表情と態度で宣言した。

「やっぱり一人部屋にしましょう!早急に!」

シャレになりません!といったクロイツの慌てた様子を、じっと見つめていたルテネスの口から「無駄になるように思うのですが…」との言葉が漏れていたのだが、常ならば沈着冷静、先のさらに3つ先まで予測すると評判の彼らしからぬことに、まったく気がついていなかった。

彼女の言葉が正しかったとわかるのは、しばらく後のことであった。

 

 

+++++


「…といったことが昔ありましてね」

窓の外の様子を見つめながら、クロイツは傍らにいる相手に話している。

「なので、今のふたりを見つめていると、微笑ましいというか、涙ぐましいというか、じれったいというか…ああ、すみません。少し表現がおかしかったかもしれませんね」

許してください、そう言うクロイツの前にある窓の向こうに、彼の二人の養い子の姿が見えている。

数年前から、ヴィーゼはフェルトのことを意識し始めている様子だったが、ここに来てようやくフェルトにも自覚が芽生え始めたらしい。
手をつなぐことにも、照れた様子を見せるふたりに、クロイツは穏やかな笑顔で見つめる。

「この分ですと、本当の蜜月もそう遠くないでしょう。それまでは内緒にしてくださいね、イリス」

人差し指を口元に添えてクロイツは言い、そのまねをして「うん」と頷く彼らの妹に、にっこりと笑い返す。

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いされました」


ちらりと窓を見たクロイツが椅子から立ち上がった。

「ふたりがこちらに来るにはもう少しかかりそうですね。イリス、ホットチョコレートのおかわりはいかがですか?」

甘いものの好きなイリスは目を輝かせて返事をする。

「はい。いただきます」



 

 

 


おわる。

つまりファーストキスどころか、セカンドもサードもヴィーゼの相手はフェルトって事で…。
 

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