降誕祭 2

 

 

降誕祭 2

 



それから数年後、ヴィーゼが正錬金術士となり、工房にはイリスという家族が増えた。

「ヴィーゼ、ノイアールの冬のマナ役に選ばれたんだって?」

その年の降誕祭を数日後に控えて、ヴィーゼの工房にはメローネが訪れていた。
すでに工房にいたルテネスとイリスとヴィーゼ、それにメローネが加わり部屋の中は女性ばかりだ。
ほんの少し前までヴィーゼたちと一緒にいたフェルトは追い出されて、扉の前で手持ち無沙汰に頬杖をついてしゃがみこんでいる。

「あれ、フェルト。どうしたんですか?」

隣の店から出てきたココが、フェルトの姿を見つけて声をかけてくる。
フェルトは少しふてくされたように、黙って扉に貼られた一枚の紙を指差した。

紙には『男子立ち入るべからず』と書かれている。

「衣装合わせだってさ」

「そういえば、今年はヴィーゼさんが『冬のマナ』なんですよね。楽しみです!」

降誕祭の締めくくりとなるのは『冬のマナ』の訪問である。

『冬のマナ』はエデン枢機院の正錬金術士がなり、今年は男性3名女性4名となっていた。そのうちの一人がヴィーゼである。
四季のマナというものは、もともとは存在しない。
ただこれまで語り継がれてきた伝承と習慣が混ざり合い今の形になった。

降誕祭の夜、衣装を身につけたその年の『冬のマナ』が家々を訪問する。
その日を過ぎると新しい年になり、それと同時に季節は春を迎える準備を始める。
冬のマナは家々に別れを告げるために『雪の源素花』を手に訪れる…ということになっていた。

「お兄ちゃん!入ってきてもいいって!」

ココとフェルトが話していると扉を少しあけてイリスが顔を覗かせる。
フェルトの傍にココがいることに気づくと、頬を染めたまま「ココさんも入って!」と促す。
その言葉にココはぱっと表情を明るくすると声を弾ませて工房に入り、その後にフェルトが続く。
扉の脇に立っていたイリスが、その袖を掴んで奥へと引っ張った。
嬉しそうな表情で見上げるイリスにフェルトは目を向けて、促されるまま視線を工房の奥へ向ける。
そしてそのまま固まってしまった。

「きゃあっ!ヴィーゼ可愛いっ!」

「ありがとう、ココ」

「あまりヴィーゼが着てること見たことない色だけど、おかしくないわ。『雪の源素花』ともあっているから」

「フェルトー、あんたも何か一言ないの?」

衣装を身につけたヴィーゼを囲んで、ルテネスやココが話している。
その中の一人であるメローネが、入り口近くに立ったままのフェルトに声をかけると、しばらく何を言われたのかわからないといった表情できょとんとメローネを見たフェルトは、慌てて言葉を探した。
メローネがフェルトに声をかけた瞬間、すぐ傍にいるイリスを含めた工房内の者から注目され、フェルトは視線をヴィーゼから逸らしぎみに呟いた。

「え?…ああ、うん…まあまあ、じゃないか」

「お兄ちゃん、それだけ?」

ほんの少し不満そうな表情でイリスがフェルトの袖を引く。

「それだけって…」

「ベタ褒めしろとは言わないけど、もうちょっとあってもいいんじゃないですか?」

ココにまで言われて、フェルトが困った表情を浮かべていると、それに気づいているヴィーゼがココを止める。

「いいよココ。…そうだフェルト。これ、どうかな?源素花に見える?」

話題を変えようとヴィーゼが傍においていた源素花を持ってフェルトに近づく。
差し出されたほんのり蒼い白蓮の花のような結晶をみて、フェルトは目を細めた。

「うん。見えるよ。これなら皆喜ぶんじゃないかな。すごく綺麗だ」

フェルトに褒められて、ヴィーゼは頬を染めて嬉しそうに微笑む。
その背後で、「なぜその台詞がヴィーゼを見て出ないんだ!」と数人のマナが心の中で叫んでいた。





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当日の夜はよく晴れて、蒼い月がまっすぐにエデンの地を照らしていた。

「フェルトは『冬のマナ』じゃないのに、いいの?」

「ヴィーゼを一人きりで、夜遅くに出歩かせるわけないじゃないか」

「大丈夫だよ」

「でもついていく」

夜も更け、そろそろ『冬のマナ』のお仕事を始めようとするヴィーゼについてフェルトもノイアールの街に出ていた。

「イリスの傍についてて欲しかったのに…」

困り顔を浮かべたヴィーゼがイリスのことを心配していたが、フェルトにとっては、むしろヴィーゼのほうが心配だった。
顔なじみの多いノイアールだが、昔とは違い今はエデンの人間以外のものもベルクハイデ門から入ってくることが出来るのだ。
それに、ヴィーゼはフェルトから見ても十分魅力的な女性だ。不埒な考えに及ぼうとする者がいてもおかしくない。

(しかも…今日は降誕祭だし…)

ヴィーゼもそのことはわかっている様子で、それがある場所には極力近づかないとフェルトは気づいていた。
加えて、自分がいる限りは、ヴィーゼに対して事に及ぼうとするものを見逃すつもりはフェルトにはない。
衣装の長いマントを揺らして前を歩くヴィーゼの後姿を眺めながら思う。

昼の光の中ではそんな風に感じなかったのだが、夜の光の中でその姿は周りに溶け込んでしまいそうなほど淡く儚く見える。

「フェルト?」

振り返ったその手の中の源素花がぼんやりとヴィーゼの表情を浮かび上がらせ、艶めいた瞳の色にフェルトは息を詰まらせる。
ヴィーゼに対する気持ちを自覚しているフェルトには、今の姿はすこし魅力的過ぎた。



2つの家を残してノイアールの家を訪問し終えると、ヴィーゼとフェルトの二人は街の外れにある残りの一軒を訪れていた。

すぐに扉が開き、その奥から見慣れた金髪の男性が姿を見せる。

「こんばんは、クロイツさん」

「こんばんは、冬のマナ」

今のヴィーゼは『冬のマナ』であるため、普段の呼び方はせず、クロイツもヴィーゼを名で呼ばない。
冬のマナはエデンから去る別れの挨拶をしたあと、手に持っていた源素花をクロイツに差し出す。
クロイツはそれを受け取ると、にっこりと微笑んだ。
ヴィーゼもそれまでのどこか緊張していた表情をゆるめる。

「ご苦労様です、ヴィーゼ」

名前を呼ばれて、ヴィーゼの顔に微笑が浮かぶ。

「ありがとうございます。クロイツ枢機院長」

「それからそこにいるフェルトも」

扉の陰に隠れている少年に向かってクロイツが声をかけると、フェルトがこそこそと姿を現す。

「こんばんは、クロイツ枢機院長。…バレてましたか」

「あなたがついてくることは、うすうす予想していましたから。ご苦労様」

「ありがとうございます」

気まずげなフェルト様子を感じ取り、ヴィーゼも苦笑いを浮かべる。
そしてノイアールの家は残る一軒となったが、それは二人の家だった。

「工房はどうするんです?」

クロイツにそうたずねられて、ヴィーゼは後ろに立つフェルトを振り返りながら答えた。

「イリスは眠っているので、フェルトに受け取ってもらいます」

フェルトが頷くのを確認すると、クロイツは納得したようにほんのわずか目を細める。

「そうですね…それがいいでしょう。では、よい年を」

「よい年を。失礼します、院長」

 

 

 

 

 

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【注意】
下記の内容はフェルトが黒いので隠します。
読む方は反転でお願いします。

ただし、読んだあと、こんなのフェルトじゃないーっ!
等の苦情は受けかねますので、覚悟を決めてご覧ください

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クロイツと、一緒にいたルテネスに見送られてフェルトとヴィーゼの二人は工房への帰路に着く。
その途中、家々に飾られた丸い緑の枝の飾りや円の形をした飾りを見つけながら、二人は小さな声で話をしていた。

なんとなく、今年はどの家も飾りが多い気がする。
彩りも鮮やかで綺麗だねと話しながら、あまり大きな声を出さないために間近になったフェルトの顔を見上げてヴィーゼは頬を染めた。
数年前にメイラが言っていたことは、ヴィーゼはもう知っていた。

(でも大丈夫だよね。ちゃんと注意しているし)

近づかなければ大丈夫。

以前はフェルトとならば一緒に立つことはできたのだが、気持ちを自覚してしまってからはずっと近づいていない。
一度思いっきり避けてしまって、フェルトに変な顔をされたことがあったのだが、気づいていないらしいフェルトにその理由は話せていなかった。

工房に到着すると、フェルトは一歩先に行き、扉の前に立ちヴィーゼを振り返った。
ヴィーゼから淡い光を放つ最後の元素花を受けとると、フェルトはヴィーゼに向かってねぎらいの言葉をかける。

「お疲れ様、ヴィーゼ」

「ありがと。大変だったけど、無事に終ってほっとしてる」

「そうだな」

ヴィーゼの言葉とは別の意味も込めてフェルトが頷くと、ヴィーゼは嬉しそうに微笑んでいそいそと工房の窓の傍においていた常緑樹の飾りを取り出した。

「じゃあ、リースをつけるね」

窓などにはもうすでに飾りをつけられているが、家の入り口にあたる扉には『冬のマナ』が帰った後に飾るのがエデンの慣わしだ。
ヤドリギや柊、林檎のオーナメントなどその飾りの多くが、太陽をあらわすものだからだった。
降誕祭の由来には、新しい太陽が生まれる日というものもある。

「リース作りもフェルトとイリスに任せちゃってゴメンね」

「いいよ、今年はヴィーゼも忙しかったんだから。…それでよかったんだよな」

「うん! ありがとう、すごくキレ…イ…?」

月の光が明るいとはいえ、やはり昼のようにはいかない。
暗がりになったリースを指で辿って、いつもならばそこにないはずのものを見つけて、ヴィーゼは目を見開き声を詰まらせた。
そっと、フェルトに気づかれないうちにあとずさろうとしたその背に、後ろに立っていたフェルトの胸が当った。
とんっと背後から伸びだフェルトの片手が扉に押し付けられる。
もう一方の手はヴィーゼの体を扉とフェルトの間に挟んでリースに触れていた。
常緑の葉に隠れた細い2種のよく似た枝葉を親指と人差し指でつまみ、つるつるとした表面を指で撫でてフェルトが呟いた。

「いつもヴィーゼは使ってなかったけど、メローネやヤッケに訊いたら、当然入れる物だって言ってさ。ヤッケのやつ『2種類あるんだから、セットで買わない?」って…買い付けに俺もついて行ったのにボるんだからなぁ」

軽い口調でフェルトは言うが、ヴィーゼはその言葉を聞きながら徐々に顔を赤らめていた。
うまく抜け出せば、フェルトの腕から逃れることもできそうな気がしたが、体がこわばってしまって動けなくなってしまっている。
枝葉をいじっていたフェルトの指が止まった。

「…意味は、前から知っていたけど」

その言葉が意味することを悟って、ヴィーゼはフェルトの腕から抜け出そうと勢いよく身をよじった。
それよりも早くフェルトの片腕がヴィーゼの体を抱きかかえる。
思った以上に間近にあったフェルトの顔に、ヴィーゼは目を大きく見開き、さらに唇に押し付けられたものの感触に動きを止めた。
ヴィーゼに覆いかぶさるように顔を近づけたフェルトの冷たい髪が頬をくすぐり、少しかさついた唇が、ヴィーゼのものに添うように重ねられている。
リースに添えられていたもう一方のフェルトの手が扉からずらされて、ヤドリギの葉が一枚引きちぎられた。
扉から離れた手は、ヴィーゼの頭に添えられ、ほんのわずか解放されていた唇が再び塞がれた。


降誕祭の日。ヤドリギの下にいる間は、キスを拒んではならない。
だから、年頃になると女の子は周りの様子に気を配って、不用意にそこへは近づかなくなる。
恋人や意中の相手のいる子は、こっそりと、その傍に佇みはするけれど。




 


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