降誕祭 1

 

 

降誕祭 1

 



― Kissing under the mistletoe ―
『…さればその下にては
総ての災いは振りかかることならず。
ただ、愛しの証のみが降り注ぐ』

 


ヴィーゼは以前、こっそりとメイラに耳打ちされたことがある。

「ヴィーゼさんも、降誕祭の日にはお気をつけになったほうがよろしいですよ」

お年頃ですもの。

枢機院から独立して、フェルトと二人暮しを始めてしばらく経った頃。

錬金術の勉強をしていない、あまりノイアールから出ない彼女には珍しい枢機院の図書室で、メイラにばったり会ったヴィーゼは調べ物の手を止めてお喋りを始めていた。

季節は冬を向かえ、すでに収穫祭を終えたノイアールでの楽しみは数日後に控えた降誕祭…新しい年を迎えるその前日…であり、自然と話題はそのお祭りの内容に移っていく。その途中ふと、メイラが小さくヴィーゼに向かって手招きした。
それにつられて、向かいの席に座ったメイラのほうへ顔を近づけたヴィーゼに対して、メイラは小さな声で囁いた。

その言葉の意味がわからないヴィーゼが身を乗り出したまま首をかしげる。

「気をつけるって…?」

「それはもちろん…」

ヴィーゼの言葉にメイラは口を開いたが、彼女の背後に扉を開けて入ってくる青銀色の髪の少年を見つけるとにっこり笑って何も言わないまま口を閉ざす。

「メイラ?」

「残念。フェルトさんがいらしてしまいましたわ」

その言葉にヴィーゼは背後を振り返り、幼馴染の姿を見つける。
うろうろと辺りを眺めていたフェルトも、すぐにヴィーゼたちに気づいたようで風に青い上着の袖をはらませて近づいてきた。

「…フェルトに関係あるの?」

向き直ったヴィーゼが尋ねるとメイラはふんわりと微笑んで首を横に振る。

「いいえ…これは女の子の話なんですの。ではまたあとで。ヴィーゼさん」

「う…うん。またね、メイラ」


机の上にあった本を抱えて立ち上がったメイラはヴィーゼの傍に近づいて挨拶すると、すぐ傍までやってきてキョトンとした表情で二人を眺めていたフェルトに「ごきげんよう、フェルトさん」と言いながらすれ違い、図書室を出て行った。

下階の図書館ならばともかく、錬金術に関する研究報告書が多く収められているその場所で出会うにはあまりに珍しい人物にフェルトはしばらくその姿を目で追った後、彼を見上げている幼馴染の少女に声をかける。

「…? ヴィーゼ、メイラと何話してたんだ?」

「…うーん、なんだろ。降誕祭の話だったと思うんだけど」

よくわからないままになってしまった。
首をかしげるヴィーゼに、フェルトも少し考える。

「今の季節には当然の話題だよなぁ…」

「うん、3日後だもの。…ところで、フェルトはどうしたの?シルヴェ様のところに年末の挨拶に行ってくるって言ってたじゃない」

スラスト山をはさんだ反対側にある集落に住むフェルトの剣の師匠の名にフェルトは苦笑いを浮かべる。

「ちょうど、ノイアールにいらしてたからそこで済ませた。
…なんか、あっちまで行ったら色々引っ張り込まれそうだったし」

「もう、相変わらずなんだからフェルトは。シルヴェ様に失礼だよ」

「いいって言ったのはシルヴェ様なんだぞ。…邪魔になるだけだからって」

ヴィーゼの言葉にほんの少しムッとしたように答えたフェルトだったが、それは恥ずかしさをごまかすためらしい。
ぼそぼそと付け加えた言葉に、ヴィーゼが「あはは」とゆるい笑みを浮かべる。

「シルヴェ様ってば…じゃあ?フェルトは錬金術の勉強にここに来たんだ?」

「まさか」

「…そんなにはっきり言われると困るんだけど」

きっぱりと言い切った、同じ錬金術士の卵であるはずのフェルトにヴィーゼは頬杖をついてため息をついた。

「ヴィーゼに用があったからさ」
「あたしに?」

「ああ。二人暮しになって初めての降誕祭だろ?いつもはクロイツ枢機院長の家で過ごしてたけど、今年はどうするのかってさっき尋ねられてさ。ヴィーゼに訊こうと思って探してたんだ」

春の豊饒祭や秋の収穫祭などとは違って、降誕祭は家族と祝う事が中心になる。
ふたりきりでいるよりも、これまでと同じようにマナたちやクロイツ、ルテネスと過ごすほうがにぎやかなのは確かだ。

「フェルトは?…どっちがいい?」

「俺?俺はどっちでもいいよ、ヴィーゼがいるのなら。だからヴィーゼの好きなほうに決めてくれればいいよ」

ヴィーゼの言葉にきょとんと目を丸くした後、柔らかく微笑んだフェルトの言葉にヴィーゼはわずかに赤面する。
熱くなった頬をごまかすようにぱたぱたと頬に手を当てた。

「そ、そう?」

「うん」

ヴィーゼの様子に気づいていないらしいフェルトは「暖房効きすぎたのか?」と見当違いの言葉をかけている。
それを何とかごまかして、ヴィーゼは机の傍に立つフェルトの顔を見上げた。


 


…そしてその年は、ふたりだけで降誕祭を過ごした最初の年になった。







                        

 

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