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「う〜ん、気持ちいい朝」
頭上に広がった青空を眺めヴィーゼは背伸びをする。
肌に触れる風も、ひんやりと涼しく心地よい。
(いい天気になりそう)
フェルトがいつも着ている上着の色によく似た青い空。
それだけでヴィーゼは何かうきうきと嬉しくなる。
「さあ、お弁当を作らなきゃ!」
きゅっと握りこぶしを作って言うと、ヴィーゼは工房の中へと戻っていく。
今日はフェルトとイリスの二人が、枢機院に行く日である。
イリスは錬金術の勉強会、フェルトはお仕事だ。
いつもの朝ご飯とは別に、お弁当も作らなくてはいけない。
ヴィーゼが台所で朝ごはんの準備を始めると、その音に
気づいたイリスが起き出してくる。
「おねえちゃん、おはよう」
「おはよう、イリス。…ごめんね。うるさかった?」
「ううん。いい匂いがしたの…。朝ごはん、イリスも手伝う」
夜着のままぺたぺたと歩いて傍まで来たイリスは、目を擦りながらヴィーゼの顔を見上げた。
「ありがとうイリス」
ヴィーゼは答えると、にっこりと微笑んでイリスに向き直る。
「でもその前に服を着替えようね。後で髪を結ってあげるから。そうしたらお手伝いしてくれる?」
「うん。わかった」
こくんと頷いたイリスが、顔を洗うために1階に向かう。
その姿を見送ったヴィーゼは、再びご飯の支度を始め、そうして小さく 微笑んだ。
+++
朝ごはんの仕度を終え、二人分のお弁当も準備した後。
もうお日様が昇って随分経つのにまだ起きない人が一人。
「おねえちゃん。おにいちゃんまだ起きない」
困った表情を浮かべて、イリスがヴィーゼに言う。
ヴィーゼも小さくため息をついて、エプロンを外すとフェルトのベッドに近づいた。
「もう、いつもなんだから。フェルト〜」
イリスもその後について行く。
「おにいちゃん」
「朝ですよー。起きて!」
「…んぁ?」
「朝だよ、おにいちゃん」
「ん――…」
寝ぼけ眼で一度枕に伏せていた顔を上げたフェルトだったが、ベッド脇で彼を覗き込んでいるヴィーゼとイリスに気づくと、やは
りぼんやりとした声で「やあ」と言った。
「…おはよう、ヴィーゼ。イリス」
「おはよう、ねぼすけさん」
いつものことに呆れつつもちょっぴり声が硬くなったヴィーゼにフェルトは気づいていないようだった。
「…ごめん、悪いけどもうちょっとだけ…」
言いながら再びベッドに沈み込もうとするフェルトを、ヴィーゼがあわててかけ布を掴んで引き止める。
「きゃあ、ダメダメ!ちゃんと起きてよ!」
「おにいちゃん、枢機院に遅れちゃうよ」
「枢機院…?」
かけ布に半分包まったフェルトがその中から顔をのぞかせる。
「クロイツ枢機院長に呼ばれてるんでしょ?忘れちゃダメだよ」
「そういえば…そうだっけ」
ヴィーゼの言葉にもそもそとした動きでベッドから起き出したフェルトは「ふわぁ」とおおきなあくびをする。
そしてふと何かに気づいたように、ヴィーゼを振り返った。
「あ。ヴィーゼ、朝ご飯は?」
「用意できてるよ。でもその前にせめて顔を洗ってね」
「わかった。顔を洗ったらすぐに行くよ」
言うとフェルトは、それまで寝ぼけていた様子を微塵も感じさせない動きで1階に向かう。
その様子を見送って、ヴィーゼとイリスは二人で顔を見合わせた。
+++
朝ごはんはオムレツとライ麦の丸いパン、ニンジンとタマネギ、カリフラワーのスープ。
「パンの買い置きがなくなっちゃったな」スープを深皿に取りながらのヴィーゼの呟きを聞きながら、フェルトが席に着く。
3人揃って朝ごはんを食べ始めたところで、フェルトが目の前に置かれた皿の中身をきょとんと見つめた。
「ヴィーゼが作ったにしては…妙にぺたんこなオムレツだなぁ」
「…うーん」
苦笑いを浮かべたヴィーゼに、フェルトは首をかしげると、ぱくりとそれを頬張る。
「うん。でも味はいつもどおり」
言いながらあっという間にオムレツを平らげてしまった。
「あのね、フェルト…」
「たまにはこんなこともあるよ。ヴィーゼには珍しいけど」
2つ目のパンに手を伸ばしながらの、なぐさめというには軽い口調のフェルトの言葉に、ヴィーゼは何か言いたげな表情を浮かべている。
「そうじゃないのよ、フェルト」
「…おにいちゃん」
「どうした?イリス」
ぷくっとほっぺたを膨らませて、上目遣いに自分を見つめるイリスに、フェルトが声をかける。
対照的なふたりの様子を見ていたヴィーゼは、先ほどからの彼の勘違いを解くために口を開いた。
「今日のオムレツはね、イリスが作ったの」
「!?」
「前から何度も手伝ってくれてたし、せっかくだからと思って」
「イリスが?」
「うん。なのにそのことを言う前にフェルトが…」
言葉を濁したヴィーゼに、フェルトがイリスを振り向く。
「おにいちゃんひどい!」
一生懸命作ったのに!
顔を赤くしてほっぺたを膨らませたままのイリスに、フェルトは「うっ」と言葉に詰まる。
「ご、ごめん、イリス」
「ぶー」
「俺のために作ってくれたんだよな。ありがとう。…初めて作ったのに、すごく上手にできてたよ」
「ぺったんこって言った」
「……」
ぼぞっと呟いたイリスに、フェルトは一瞬言葉が出ない。
「……。すごくおいしかった!ヴィーゼと同じくらいおいしかったよ」
ほら証拠、証拠。
かなり怪しい態度だったが、フェルトが空になった皿をイリスに示す。
その横で、フェルトの慌てぶりにヴィーゼがくすくすと笑っていた。
「ヴィーゼと同じくらいおいしい」との言葉に機嫌を直したイリスと、フェルトが枢機院にむかうために家を出る。
それぞれにヴィーゼお手製のお弁当を持って、工房の扉を開けて外に出た。
その後を見送るために、ヴィーゼも扉の前に立つ。
「じゃあ、行って来る」
「いってきます、おねえちゃん」
「行ってらっしゃい。ふたりとも気をつけてね」
にこりと微笑んでふたりを送り出すヴィーゼに、フェルトがふと気づいたように振り返った。
「ああ。…そうだ、ヴィーゼ。今日は俺あんまり遅くならないから、買い物があるなら付き合うよ」
「ほんと?助かるなぁ。フェルトがいてくれるなら、いっぱい買えるね」
「わざとたくさんっていうのは止めてくれよ?」
「大丈夫。そんなことしないよ」
「ならいいけど」
ふたりの会話を聞いていたイリスも、枢機院にむかいかけた足を工房へ返し、ヴィーゼの傍に戻るとその顔を見上げた。
「イリスも行く!」
「うん…そうだね。3人で一緒に行こうか?今日は依頼がいっぱいあるし、終るのはイリスが帰ってくる頃になるだろうから」
「うん!」
にこにこと、ふたりで話していたヴィーゼが、フェルトの顔を振り仰ぐ。
「ということで。フェルト、イリスが帰ってくる頃には帰ってきてね」
「わかった」
もしかしたら、俺とヴィーゼより仲がいいのかもしれない…と、そんなことを考えながらフェルトはヴィーゼの言葉に頷いた。
「じゃあ、いってらっしゃい。イリス、フェルト」
「いってきます、ヴィーゼ」
「いってきます、おねえちゃん」
【終】
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