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ある日の夕方、遅いお昼寝から起きだして、ネルは目をこすりながらイリスの工房の2階から1階へ降りてきた。
「何してるの?イリス?」
ガタゴトとにぎやかな音を立てていたイリスが、ネルの声に振り返る。
「ネルちゃん、起きたんだ」
「んー、なにか音がしてたから気になっちゃって。なぁにそれ?」
イリスの調合釜の前に置かれた様々な材料に気づいてネルがたずねるとイリスはにこっと笑顔になった。
「これ?うふふ、まだ内緒」
「イリスがそんなに嬉しそうにしてるってことは、『れんきんじゅつ』に関係しているものだってわかるけど、もしかして新しいアイテム?」
焦らすように質問に答えないイリスに、ネルは首をかしげる。
「そうなるといいなぁって。でもまだちょっと足りないんだよね。こう…機械みたいなネジとか…金属板とか」
「ふんふん。…ねぇ、機械って、あんな感じ?」
さも納得したように相づちを打っていたネルが窓の外を指差す。
そこには水路から引き上げられたばかりらしいさびの浮いた金属の箱がどんっと置かれていた。
「そうそう、あんな感じ…って、なにあれ」
工房の敷地内、風車の傍に無造作に置かれた奇妙な金属に、二人は揃って外に出た。
「うわぁ、さびだらけ…」
「ここはゴミ捨て場じゃないっつーの」
水路がすぐ傍にあるため、もしかしたら運航の邪魔になったものを捨てていったのだろうか。こうまでさびが浮いてしまっては、まさか、何かに使うものだというわけではないだろう。
しばし庭に置かれた不審物に困惑したり憤ったりしていた二人だったが、ふと視線が絡み合った。お互いの考えたことは、手に取るようにわかる。
「…ねえ、イリス」
「これって、きっとゴミなんだよね」
「うんうん。だからさ…」
「使っちゃっても、問題なし?」
「使っちゃえ使っちゃえ。りさいくる、シゲンはユウコウにつかいましょうってね!」
二人がかりで金属の箱を工房の中に運び込むと、早速イリスは錬金術の調合を始めた。
ネルはその背後でお菓子をつまみながら様子を見守っている。
程なくして、アイテムが完成したらしく、イリスがそれを手に歓声を上げた。
「きゃーできたよ、ネルちゃん!」
「おーめーでーとー、イリス!で、それなに?」
「お料理オートマタ!食べ物の名前を言うだけで料理を作ってくれるの」
「おお、すごい!」
外見は性能に合わせてシェフが身につける白い服、ご丁寧に帽子まで揃っている。
でっかいタラコ唇に丸い目の顔は、微妙にサルを思わせなくもない。
感心して目を丸くするネルに、イリスは事細かにオートマタの説明を始めた。
「…でね、最初は料理の名前と一緒に、料理そのものを食べさせないとダメなんだけど、一度食べたものはその味のまま再現するようになってるんだ」
「じゃあ、すっごーくおいしいステーキを食べさせたら、次から同じ味のものを作ってくれるの?」
「うん」
「うわ、便利。ねね、じゃあ早速だけどさ、これで試してみてもいい?」
好奇心もあって、ネルは机の上に置いたままになっていたクリスタルトをイリスの目の前に差し出した。
「クリスタルト?」
イリスが返事をするより早く、ぱくっとオートマタがネルの手をくわえた。
「ひえっ」
―――バァリボォリ…ゴリッガキッ…
慌てて手を引っ込めたネルの前で、オートマタは無言のまま頬張ったクリスタルトを噛み砕く。
「すっごい音…」
いつもながらすさまじい音に引きつった表情を浮かべていたイリスとネルの前で、オートマタが大きくのどを鳴らして、クリスタルトを飲み込む。
…ゴキュ…
そして、…そのまま動かなくなった。
「ええ――ッ!うそっ」
突然動かなくなったオートマタに、イリスがその体を揺する。
「うわ、いきなり故障!?」
「ちがうよ、そんなはず…え――やだっ!」
慌ててイリスがオートマタを調合釜の前に置き、原因を調べはじめた。
口の中を開かせようとしたり、腕を引っ張ったり…。
途中まではイリスと一緒にああでもないこうでもないと言い合っていたネルだったが、あとになってくると錬金術の知識の無い彼女にはわからない分野になるらしく、手持ち無沙汰のまま、椅子に座って奮闘するイリスを見ていた。
「ただいま」
イリスが奮闘しているその最中、ギルドに出かけていたエッジが工房に戻ってきた。手ぶらで出かけたはずなのに、なぜかその手には紙袋が握られている。
「おかえりーエッジ。遅かったね?」
「ああ。ちょっとな」
戸口近くに置いた椅子に逆に座るネルに答えて、エッジは視線を家の奥へと向ける。
そこには、彼に背を向けてごそごそと何かをいじっているイリスの姿があった。黙って動きを止めたエッジに、ようやく気づいたイリスが彼を振り返る。
「あっエッジお帰り」
「…今度は何を始めたんだ」
彼女がこんな風に何かを始めると大概、後に面倒ごとに巻き込まれると、エッジは身を持って知っている。
聞かなければその時まで知らなくてすむのだが、知らないまま巻き込まれるのも、それはそれで危険だ。
なのでどんなに嫌な予感がしても、一応、エッジは毎回イリスにたずねていた。
彼の考えに気づいているのかいないのか、イリスはエッジの言葉に嬉しそうにくるんと体を反転させた。
彼女の知る中で、…たとえ態度がどんなにそっけなくても…エッジは錬金術の話を、興味を持って聞いてくれる、数少ない人間の一人である。
「錬金術のアイデアが浮かんでね。新しいオートマタを作ってみたの!」
言いながらイリスは、先ほどまでいじっていた背後の人形をエッジの目に見えるように、体を人形の横によけた。
「お料理を作ってくれるオートマタ!…のはずだったんだけど…」
「壊れちゃったんだって」
途中までは勢いよく、あとは小さくフェードアウトしてしまったイリスの言葉を、ネルが補足する。
しかしその言葉にイリスが反論した。
「ちがうよー、急に動かなくなっただけだもん」
「だからそれって壊れたってことでしょ?」
「壊れてないってば」
行儀悪く顎を背もたれの上に乗せて、ネルが人形を指差すと、その指からかばうように、ぷくっとほっぺたを膨らませて、イリスは人形を胸に抱え込んだ。
見ている限りでは他愛無い、ほほえましい光景。
そんな二人の様子を眺めながら、とにかく騒動の原因となりそうなものは『壊れ』ているということで、エッジはこれ以上何かは起こらないだろうと、ほっと安堵の息をついた。
「そうか」
安堵から口をついて出た言葉は自分でも驚くほどそっけなくて、案の定それまでネルのほうをむいてしゃべっていたイリスが振り向いた。
『あ、マズイ』と思った途端、矛先がこっちに向く。
「ひどい、エッジ。すっごく冷たいよその言い方!」
「他にどう言えと…」
イリスの剣幕に押されて、エッジの言葉も弱くなる。
そっけなくなったのは、まあ悪かったと思うが、…残念だったなとでも言えというのだろうか。
半分わざとだろう…胸に抱いた人形にしなだれかかるようにして、イリスは『しくしく』と泣きまねまで始めている。その横でネルが『エッジのおにーれいけつかんー』とはやし立てる。
「せっかくエッジのおいしい料理を食べさせてあげようと思って頑張ってるのに」
「努力の方向が違うだろうその場合」
気持ちはありがたいが、なぜそれが素直に『自分が料理する』にむいてくれないのだろうと、エッジは常々思っていた。あえて言っておくならば…『錬金術』は『料理』のうちには含まれない。
「だって錬金術でお料理つくっても、エッジあんまり食べてくれないじゃない」
「…。…使われる材料を見てしまうと、な…」
「なんでー、おいしいのに」
「……」
ネルがその言葉を示すかのように、お菓子のグミをほおばりながら言う。
そのグミは先日の異世界探索のときに出くわしたモンスターの姿を変えたものだ。
その様を見て、もともとしゃべるのが得手ではないエッジはさらに説明する気力を失った。
「…イリスの気持ちはわかった」
口を開くのも億劫になりながら、エッジはイリスに向かって話しかける。
とにかく、この場だけでも収めなければ、という思いが彼を動かしていた。
このままではまた夕飯が、得体の知れない『錬金術』による料理もどきになってしまう。
「ホント?」
伏せていた顔を上げて、イリスがエッジを見る。
「ああ。だが…料理は素直に作ったほうがいい。それが一番いい」
妙に迫力のあるエッジの言葉に、イリスは首をかしげながらたずねる。
「エッジはそのほうがいいの?」
示された選択のうち、唯一まともな選択肢を悪いという者などいるだろうか…?
こっくりと頷いたエッジに、イリスは『んーー』と眉をしかめる。
「ふつーのお料理ってエッジのほうが上手なんだよね。でもわかった」
しぶしぶといった様子ではあったが頷いたイリスに、エッジは気取られないようにため息をつく。
そして、エッジはようやく工房る前から二人に聞きたかったことを尋ねられた。
「ところで、工房の外においていた機械…見えなくなくなってるんだが、二人とも知らないか?」
「え?!」
「機械?」
予想外に勢いよく振り返った二人に戸惑いながら、エッジは説明する。
「ああ。ヤッケから買ったものだったんだが、修理して使おうと思って外に置いていたんだ」
そのとき、ネルがエッジの手に握られている紙袋に気づいておそるおそるたずねてくる。
「ねえ、エッジ。その袋の中身って」
「修理用の部品だ」
その言葉にイリスとネルは顔を見合わせる。
そして、エッジと視線を合わせないようにぽそぽそと呟いた。
「…機械って、茶色の金属板を箱みたいに何枚も張り合わせたような?」
「丸い緑のボタンもたくさんついた?」
「ああ。知ってるのか」
確認のために何の気なくそう言ったエッジだったが、二人の反応は芳しくなかった。
「…えーと」
口ごもるイリスの傍で、ネルがぷるぷると首を横に振る。
「アタシしらなーい」
「ね…ネルちゃーん」
逃げるが勝ちとばかりに、お菓子の袋を抱えて2階へ避難してしまった。
「……」
「……」
一人とり残されたイリスは、無言のエッジに堪えながら、あらぬほうへ視線を逸らす。
「…イリス」
「えーとね」
「知ってるんだな?」
声はいつもと変わらない。…だからエッジは怖い。
「……」
「……」
「あっち、かなぁ〜」
内心冷や冷やしながら、イリスは工房の奥を指し示す。
「どこに…、ああ…」
その指差す先を見て、所在をたずねようとしたエッジだったが、イリスの指先が先ほどのオートマタにむいていることに気づいて、妙に納得したように頷いた。
そのまま、ふうーと大きくため息をつく。
「えっとね、材料が足りなくって、それで…」
「それ以上は言わなくていい」
「…うん」
「…」
「あ、あの!ごめんねエッジ!悪気があったんじゃないの!まさかエッジが買ったものだと思わなくて、粗大ご…きゃああっごめんなさい!」
傍まで寄って謝りながら、『あうあう』と焦っているイリスに、エッジは「落ち着け」となだめるように声をかけた。
「いいと言っている。…まあほとんどタダ同然で、ヤッケもなおせるものならなおしてみろと言ってたくらいだし、ごみと間違われてもおかしくないか」
「エッジ…」
「イリスの目が届くところにそれを置いていた俺も悪いんだし、…気にするな」
「…なんかすごい言われ方をされてる気がする…」
エッジの言葉を聞いて、彼が怒っているわけではないとわかったけれど。
そしてその言葉は、おそらく自分を慰めてくれているのだろうけど、なんとなく釈然としない。
なんとなく恨みがましく見上げてしまったイリスと、エッジの目が合った。
無愛想なままの顔に、ほんの少し困ったように揺れる目。
すぐにそれは逸らされて、ぽすっと目の前に紙袋を渡される。
「エッジこれ」
「もういらないからやる」
そう言ったエッジはイリスの返事を待たず自分の部屋へ向かう。
その背中に向かって、イリスは手渡された紙袋を握り締めながら大きな声で呼びかけた。
「わかった!これでオートマタを直してエッジにおいしい料理食べさせてあげるから!待っててね!」
部屋の入り口で躓いたエッジは、ぶつけた額を押さえながら呟いた。
「だからそれは止せ…」
【終】
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