おはなしにならない。(グラファン編)

 

 

おはなしにならない


その名のとおり、お話にならなかったものを放り込んでいます。

続きがあるようでなかったり、続き物のようにみえても、実は前置きは何もなかったり。

そんなものです。

 

【Back】

++++ IF (白ウリーとバージゼル


挿話1

濃い緑に包まれた森の、さらに奥深くにそれはあった。
初めてその森を訪れた者にかの地がみせる、どこか遠慮がちな歓迎の色は、そこにはない。
それまで鮮やかな青の空に向かって伸ばされていたはずの木々の枝は、森を歩く青年に向かって低く覆いかぶさるように広がり、深く深く…無知な者がさらに森の奥深く迷い込む様を、ただ黙って見つめていた。
何度もその地…バルテッサの森の奥に広がる『古の深い森』を訪れたミストルースならば、その違和感に気づいたかもしれない。
しかし、今日はじめてその場所にたどりついた青年には、気づくことができなかった。
「やった!」
森の中にありながら、何らかの方法で人為的に作られたとわかる小道を抜け、大きな石の彫刻が置かれた広場に足を踏み入れる。
「こんな文様のある岩は初めてだ。こんなに森の奥深くまで一人で来られたことも、だが…」
これほど森の探索が進んだのは、以前の、何度か同行者がいた時を除けば、初めてかもしれない。
嬉しそうに長年愛用している手帳に書き込まれた地図を確認し、青年は再度彫刻を見上げる。
丸い円を幾つも重ねた、古い儀式に使われる魔法陣を思わせるそれに、ほう、とため息を漏らした。
彼にとって、この地は…あるいは異世界は、手に触れることができる『憧れ』に似たものだった。
自らが住まう世界のものであれば、何も思わず通り過ぎてしまうようなものであっても、異世界にあるだけで、木の一葉水の一滴も特別なものに感じられる。
目の前の石もそのひとつである。
なぜここに置かれているのか。なんのために『だれが』創り出したのか。
幼い子供が興味をひかれたものに迷いなく手を伸ばすように、ゆっくりと彼の手が石に向かって上げられる。
石に触れたと思った瞬間、酩酊感が体を襲い彼は一度目を閉じる。
次に目を開けたとき、彼は別の場所にいた。
「なん…」
一瞬にして目の前の風景が消え去り、新たな風景がひろがる。
戸惑う彼の前に、それまで見たことのない光景があった。
蒼を通り越して黒くすら見える蔓を絡ませた歪な木々。
細波も起こらないと錯覚しそうな重たげな水を湛えた沼。
…中心に最も濃く深い闇を抱えた、闇色の柱。
「…いったいこれは…」
近づきかけて一瞬、何かを感じたのか、青年は立ち止まった。
それを見計らったように、闇色の柱から爆発するように四方に向かって闇が伸びる。
半拍の間逃げ遅れた青年は、闇の中に巻き込まれ、飲み込まれる。

そして、彼…クロウリーと呼ばれていた青年は
最期の声だけを残して、その世界から消えた。



挿話2

あまりお金に余裕がないという青年が住む一軒の家に、夜中まで灯りがともることはまれだった。
だがそれでも何日も灯りがつかないということは少なかった。
それが、もう1週間近く灯りが灯っていなかったのだが、それに気づいている周りの住人は少なかった。
「ほぅ、まあ多少は使えそうですね」
しんと静まり返っていた部屋の中に、家人の声が響く。
手元を照らす小さな灯りを手に、その青年はまるで初めての家を訪問したようにしげしげと部屋の中をながめている。
慣れ親しんだはずの家の中を青年…『クロウリー』はまるで観察するように見回し、ついっと、外へつながる扉の反対側の壁に手を触れた。
その壁の向こうに別の空間があることを感じ取り、にんまりを笑みを浮かべる。
「…訂正しましょう。『多少は』を『十分』に」



挿話3

ミストルースになってはじめて購入したのは、モンスターを倒すための武器でなく、探索に使える便利な道具でもなく、異世界で見知った事柄を書き写すための手帳だった。

「ばぁかか、アンタは。武器を買うのが常識だろうが。なこともわかんねえでミストルースやってんのか」
私の言葉に呆れた声を上げたのは、久しぶりのクエストで知り合ったミストルースだった。
ならば、彼自身そうなのかと訊くと、「そうだ」という答えが返ってきた。
ある依頼の品を探すためにバルテッサの森に行き、たまたま同行してくれることになった年下の彼は得意げに背中の剣を示して見せた。
「まあ、前に何本も使ってるけど、いまのところこれだ」
他に俺の実力に見合った剣が見つかれば別だけどな、と前置きして、彼の背丈ほどの大型の剣の柄を軽く叩く。
その自信に満ちた態度が、私にはとてもまぶしく感じる。
聞けば、彼はすでにバルテッサ以外の異世界の探索も行っているのだという。
しかも一人でだ。
道すがら、別の異世界への好奇心や興味につられて話をふると、主に彼が携わったクエストに関連することを教えてくれた。
知りたい内容について幾つかはわからないことがあったが(主に彼の話は倒したモンスターのことだったからだ)それでも十分に興味がかき立てられる内容だった。
…そういえば、この日はバルテッサに行ったはずなのに、日記にはなぜか彼から聞いた、幾つもの古城が連なる異世界のことばかり書いていて、あとから読み返して苦笑してしまった。


挿話4

「ふと思ったんだけどよ、こんななり(財布をひらひら)でよく生きていけるなお前」
「ああ、実はミストルースの仕事以外にもアルバイトをしているんだ。正直なところ、生活費はもっぱらそちらでまかなっている」
「…聞いていいか?何のバイトだよ」
「もちろん。造花の内職とか封筒張りとか…」
「てめぇそれでもミストルースかあぁっ!」

 

【Back】

 

++++ お部屋探検


「今日からよろしくお願いします!」
まだ姉のことが気にかかっているのだろうが多少ぎこちないながらも笑顔で、ネルは勢いよくお辞儀をする。
家主であるイリスとエッジはそれぞれにネルの言葉に答えた。
「ああ、よろしく」
「よろしくね、ネルちゃん」
それからイリスはこれからの生活に必要なもの…パジャマや寝る場所などいろいろ考えて、ネルに尋ねながら、エッジのほうを伺う。
彼は最初に返事をした後テーブルの傍の壁に持っていた剣を立てかけて、部屋の奥へ向かおうとしているところだった。
いつもなら、剣の手入れをするためにテーブルの上に剣を置いてから手入れの道具を取りに行くのに、今日はそうしないところを見ると、彼の目的はそれではないらしい。
部屋の奥にあるのはエッジの部屋と…台所だ。
エッジの行動と、彼のそっけない態度に慣れていないネルの少し緊張した様子を見比べてイリスは自然と微笑んでいた。


「じゃあ、後片付けは私がするね。エッジたちは休んでて」
「あっ、イリス!あたしも手伝うよ」
お茶を飲んだ後、空になったカップを片しながらイリスが椅子から立ち上がると、傍にいたネルが手を上げる。
「お世話になるんだもん、これっくらいしなきゃね」
そしてイリスの返事を待たず、ぱたぱたと動いてポットやピッチャーを手にした。
「まあ、当然だな」
「エッジ」
ネルの言葉に躊躇なく頷いたエッジに、イリスが唇を尖らせる。
イリスの呼びかけにエッジは多少顔を固まらせたが、当の本人はそれほど気にした様子もなく、むしろ「うんうん」と納得したように頷いている。
「当然とうぜん、じゃあ、イリス。台所の場所教えてよ」
両手にもった物を掲げるようにしてネルが急かし、案内するイリスの後を追う。
後には机に頬杖をついたエッジが残された。

「ここが台所。食器を洗う水はこっちを使ってね。お料理とは別だから。あと、この奥がお風呂になってるから、夜に案内するね」
外の風が強いのか、規則正しい風車の音が響く場所でイリスが食器を水場に置きながら説明する。
台所に入ってさらに奥を差したイリスの指を眺めて、ネルが頷く。
「うん。…お風呂ってシャワーなんだよね?」
「そうだよ。お湯に浸かれるお風呂は温泉とか、あとよっぽどお金持ちじゃないと持ってないんじゃないかなぁ」
「だよねぇ」
イリスの言葉を聞いて、ほっとしたような少し苦笑するような、複雑な表情を浮かべたネルにイリスが声をかけた。
「どうしたの?ネルちゃん」
心配そうなイリスの声に、ネルは表情を明るくするとにこっと笑いかけた。
「ううん。なんでもない。確認したかっただけ」
幼いころは、湯船いっぱいに湯が満たされたお風呂が当たり前だと思っていた。
そうじゃないと知ったのは、姉と二人で家を出てからだった。

3人分のカップを洗い終わり、棚に片付けながらネルは視線の先に大きな布を見つけた。
台所の入り口近くの壁に何かを隠すかのように、大きく張られている。
奥はある程度空間があるのか、時折ふわりとその布が揺れていた。
「ねぇイリス。あそこは何?」
「あそこ?」
ポットの水を切っていたイリスは振り返り、ネルの視線の先を見て「ああ」と声を上げた。
「あそこはエッジの…部屋だよ。布は…」
目隠しというか、仕切り代わりというか。
「へぇぇー」
イリスの言葉を聞いて興味のわいたネルは棚から離れると早速その布の前に近寄る。
「あ!駄目だよネルちゃん」
「ちょっとだけ、のぞくだけだから」
イリスの言葉に言い訳しつつ、ネルはその端をぺろっと捲り、中をのぞく。
「…あれ?」
しばらくして困惑したように、ネルがイリスのほうへ顔を向ける。
イリスは顔を赤くしてよそを向いていた。
「…部屋?」
「部屋なの」
「だってなんにもないよ!せっまいし!ベッドしか置けないくらい!っていうかベッドしかない!」

「―――――悪かったな」
ぼそっとした声がネルの背後から発せられたのはこのときだった。
「エッジ…」
イリスの言葉に顔を青くしたネルが振り返ると、無表情のエッジが彼女を見下ろしている。
「あ…えーと、タイヘンケッコウなお部屋で…」
「さっき言ってたこととずいぶん違うぞ」
冷や汗をかいているのだろう真っ青と真っ赤をいったりきたりしている二人の様子を見て、エッジは組んでいた腕を解くと、傍に垂れていた布を手前に引いた。
カーテンのようになっているらしいそれは、エッジの手の動きに合わせてまとまり、その奥をあらわにする。
「こそこそ見る必要はないだろう。見るなら堂々と見ろ」
エッジの部屋の中…というよりもそこはベッドそのものといったほうがよかった。
もともとは食料保管庫のような役割の場所だったのだろう。
人一人が横になれる幅に多少余裕を持たせた奥行き。長さもそれと同じくらい。
ある程度の高さにマットを固定し、下に荷物が仕舞えるようになっている。
まるで中世の船に取り付けられた船員のベッドのようだった。
「…なんか、イリスの部屋とずいぶん違わない?」
2階の日当たりのよい広いイリスの部屋と、目の前のエッジの部屋(ということにしておく)を比べて、ネルが疑惑の視線をイリスに向けると、彼女は顔を真っ赤にしてぶんぶんと勢いよく首を横に振る。
「それはエッジが!私も最初、ちゃんとした部屋を作ったほうがいいっていったんだけど、これで十分だからって…!」
「イリスは昔から持ち物が多いし、錬金術に使うからという理由のほかに、ただ単にかわいいからとか、そういう理由で物を拾ってくるからな。…ある程度広い部屋に放り込んでおかないと、すぐに物に埋まる」
「エッジは?」
「…俺は特に何かを集めているというわけじゃないし、興味もない。寝るところさえ確保できればいいんだ」
その言葉通り、エッジの部屋には着替えと、ベッドの下にいくつかの武器と小物がすこしある程度で、趣味のものなどはほとんど置かれていなかった。…おそらく、本当にここは寝るときぐらいにしか使わないのだろう。
「納得したか?」
「…納得しました」
ネルの返事にひとつ頷くと、エッジはベッドの下から小さな箱を取り出してきびすを返す。
「え…エッジ…?」
「なんだ」
振り返って見た、ポットを持ったままのイリスの姿にエッジは目を丸くした。
イリスは、こわばった笑みを浮かべたまま、それを指差す。
「えっと、布を引かなくてもいいの?」
今、部屋は開け放たれたままだ。
そう尋ねたイリスにエッジは無言で下を示した。
「ネルが飽きるまでそのままでいい」
         
 

【Back】