「え……?たんじょうび……?」
「ええ。今度の水の日がわたくしの誕生日なのですわ。ですから、ヴィーゼさんにもパーティーに来ていただきたくて」
きょとんとしたヴィーゼにメイラがにっこりと笑いかける。
未知の言葉を聞き返したものの、相手の様子からするとそれは知っていて当然の単語らしい。しかもパーティーを開くほどに大切な。
混乱しそうになりながらもヴィーゼは小さな頭で必死に考え、やっとのことでパーティー参加の可否をクロイツに聞いてみる旨をメイラに伝えたのであった。
そうして枢機院へと帰ったヴィーゼはクロイツの部屋へと向かい、大きな扉の前に立つ。
それは質素でありながらも枢機院長の座に相応しい厳しさを伴うものではあったが、フェルトとヴィーゼには何かわからないことがあったとき、何か困ったことがあったときにいつでも開けることが許されていた。
「おや、ヴィーゼ。どうしましたか?」
書類から顔を上げたクロイツが彼女に微笑みかけてもヴィーゼはしばらくはもじもじとしている。やがてクロイツが席を立ち、ヴィーゼの傍らに歩み寄って屈んでから、彼女はおそるおそるといった体で口を開いた。
「誕生日って、なに?」
その疑問に僅かにクロイツがたじろぐ。
フェルトとヴィーゼの二人は孤児であるゆえにその正確な出生の日については誰も知らなかったし、マナたちも人間界の誕生日にあたるものを持ってはいない。
クロイツを始め枢機院の皆は、家庭が子供に与える愛情と導きをふんだんに彼らに示してはいたが、こと誕生日に関しては今まで誰もそれについて言及したことはなかったのだった。
だが、それは幼い少女には理解の範疇外のことである。
クロイツの簡潔な説明を聞きながらもヴィーゼの中では一つの疑問が渦巻く。
「ヴィーゼにはないの……?」
しかし、その小さすぎる呟きはクロイツには届かず、ヴィーゼは釈然としない気持ちでちょこんと一礼すると院長室を後にしたのだった。
ヴィーゼと入れ替わりに院長室を訪れたのはフェルトだった。
「ヴィーゼと何を話していたの?」
心配と決意を秘めた眼差しに優しい笑みで応えると、クロイツは根気よく先ほどヴィーゼに施した説明を繰り返した。
じっと最後まで黙ってそれを聞いていた聡い少年は、何事かを考えこみ、ややあって一言発した。
「……じゃあ、ヴィーゼの誕生日はいつ?」
「そうですね。ですからあなた方の場合、この枢機院に来た日ということになるでしょうか」
そこまで答えてフェルトを見やると無垢でまっすぐな瞳とぶつかり、それが何の回答にもなっていないことに今更ながら気がつく。
理にかちすぎる自分を心の中で諌めながら、クロイツはフェルトの目を見つめ、誕生日とはどういうものかを語り出した。
それから数刻。
花が咲き乱れる初夏の野原で、ヴィーゼはいつものように遊ぶ気にもなれず、ただ戯れに花を摘んでいた。
その小さな耳に風に乗って彼女を呼ぶ声が聞こえてくる。
「フェルト?どうしたの?」
「あのね。ヴィーゼにどうしても言いたいことがあって……」
息を切らせて走りよってきたフェルトは、そのままの勢いで話し出す。
クロイツから言われたこと全てが理解できたわけではないが、一生懸命ヴィーゼにそれを告げる。
ヴィーゼといられる毎日をとても嬉しく感じていること。
ずっとヴィーゼには幸せでいてほしいこと。
ヴィーゼにために何かしてあげたいといつも思っていること。
今までは思ってはいてもそれを伝える術を知らなかった。
それを知ったのは今日だから。
「……だから、今日が、ヴィーゼの誕生日」
目を見開いてフェルトの言葉を聞いていたヴィーゼが、最後の一言で花が咲いたように顔を綻ばせる。
その笑顔を受けて、フェルトはヴィーゼにその言葉を贈った。彼女がこの世に生を受けたことに心からの感謝を込めて。
お誕生日、おめでとう。
【終】 |